「なあ、お前、俺の手伝いをしないか?」
その男は、俺の兄の腹部に刺さったナイフを抜きながら、そう言った。息絶えた兄が、重い人形のように転がる。
「お前みたいに、こういうのを見ても動揺しない……そう、感情が欠如したようなやつが、必要だと思ってな。なあ、どうだ、普通に生きるよりかは、楽しいと思うぞ」
台所から見て、リビングの奥、男の顔は闇に隠れて見えない。手元では、何か瓶を取り出して、作業をしているように見える。
「手伝いって、なんですか?」
「宝物を集めるんだよ」
男は、そう言った。
宝物、という言葉が少し気になった。しかし、即答はできない。
何か返そうとして、声を出そうとしたとき、ドアが開く音。玄関を見れば、母親が帰ってきている。
そして、リビングの方を振り返ると、開けっ放しのベランダの窓と、眼窩が空っぽの兄の死体だけが残っていた。
「じゃあ、千晶くんのお兄さんは……その人に殺されちゃったってこと?」
日菜子は、透明な声を出した。
昼下がりの、大学の食堂の中、日菜子に兄弟について聞かれた俺は、一年前に起きた事件の話をした。
「うん、ただその殺した人はまだ捕まってないんだけどね」
「その人って、きっと例の事件の人と同じだよね?」
「だと思う」
この二年、俺の兄の事件を含め、同じ手口で四件の未解決事件が起こっていた。
眼球怪盗。そう呼ばれる犯人は、殺害した際に、必ず眼球を抜き、去っていく。
「宝物ね。その人にとっては、眼球が宝物なんだ」
「らしいね。うん、でも」
眼球が宝物だと言うのは、わからなくもなかった。
きょとんとした日菜子が、俺の目を見て首を傾げる。その目には、大きな黒丸を宿している。確かに、宝石みたいかもしれない。
「日菜子、午後の講義の時間はそろそろだよ」
「あっ、いけない……じゃあまた、終わったら家に行ってもいい?」
「いいけど、たまには家に帰りなよ」
日菜子を見届けて、予定のない俺は、家に直帰をした。
この一年、ただただ、平穏な日々が過ぎている。
その日、夢を見た。
俺は、あの男と一緒にいた。顎髭を生やして、細い銀縁の眼鏡をかけている。
家事分担をして暮らしていた。男の在り方、女の見抜き方、殺し方、独自の眼球への愛、男の個人的な思考を、俺は話半分に、面白く聞いていた。
自宅の、ソファの上で目を覚ました。昼寝をしていたらしい。なんだか、楽しい夢を見た気がする。時間を見ると、夕方の五時で、そろそろ日菜子が学校を出る時間だった。迎えに行こうと、上着に袖を通す。
アパートを出て、錆びた商店街の中を通っていく。途中、日菜子の好きなミルクティーを買おうとコンビニに寄った。
最初は、日菜子の少し丁寧な口調に惹かれ、側にいた。そこから、あの透明な声で言った「あまり詮索しないから、依存をさせてほしいな」という要求のいく末が気になって、恋人という形になった。なんで詮索されるのが嫌いとわかったのか、今でもわからない。
その狡いやり口は生活にもあって、残念ながら依存しているのは日菜子だけではなかった。
コンビニを出て、大学の方に足を向けたときのこと。向こうから歩いてきた男を見て、夢を半分思い出した。その男はとても、夢の中の“眼球怪盗役”に似ていたのだ。流石に少し驚いた。
男は、俺の横を通り過ぎて行く。一瞬、目が合った。
大学に着く頃には、もう日が暮れていた。時間を確認するために携帯を取り出すと、日菜子からメッセージの通知が来ていたことに、初めて気づく。
どうやら、入れ違いでもう俺の家に帰っているらしい。
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〈パラレルワールド〉