kurayami.

暗黒という闇の淵から

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

精神と海岸の物語

重たい曇り空の下、人気のない海岸沿い、船屋前。鋭い岩肌に黒い波が当たって、ばらばらになって砕けた。 僕ら少年少女七人をここまで連れて来たのは、深い紅色のローブで顔を隠したお兄さん。 ローブのお兄さんは、船屋のおじさんに話している。「船を借り…

タイムブランチ

九月第五土曜日、昼頃。男がシャワーも食事も済ませて、気分に任せて何時でも出掛けられる、その日のこと。 男はテレビを見ていた。もう何年も前から、男が子供の頃からやっている土曜昼間のバラエティ番組。小さなテレビの枠の中で芸能人たちが、新築の値段…

ニオ

井の頭線の電車が、下北沢の手前で大きく揺れた。反動で乗客のニオいが持ち主から離れて、少し混ざる。 僕のパーカーに染み付いた、あの人の香水の匂いも。 シューズの裏にこびり付いた、土の臭いも。 マスクをしていても、それを防ぐことはできない。 僕の…

純白所有欲

薄暗くて、遠くが見えない。孤独な場所に私はいる。 昔はね、もっとたくさんの人がいたの。若い子から、お姉さんまで。みんな姿形が違って、心や容姿に可愛さや綺麗さ、かっこよさを持っていた。 売れ残った私とは、大違いで。 みんな、誰かに価値を認めれて…

タオヤメ

「益荒男であれよ」 それが俺の父親の口癖であって、母親が居ない我が家の教育方針だった。たぶん、俺に物心が付く前から言っている。生まれたばかりの赤ん坊に、呪詛のように愛と共に呟いてきたんだと思う。 父親の教育の努力があってか、兄は見事に、立派…

前衛恋愛

「これは私から、貴方という時代への挑戦」 曇り空の下、廃墟と化した暗い民家の中。荒れた元リビング。 誰かに届けたい声量で少女が呟いて、マッチに火を点けた。 柔らかく、まだ幼い少女の顔が、橙色に照らされる。「ううん。貴方への戦争は、実はずっとず…

寂しさを空かし続けて

孤独なの、ずっと。 前髪長くてお化けみたいだから、かしら。誰かから話しかけられるなんて、ずっと昔の記憶。そうよ、昔はもっと可愛らしい少女で、家族にもご近所さんにも、愛されて……ねえ? いつの間にこんな、前髪お化けになって。 二十三年も生きて、な…

制動装置破壊論

これは僕の憶測で人生の持論になるわけだが、人は前へ進み続かなければ死ぬ。 逆に言えば止まれば死ぬんだ。根拠という根拠は全くない。説得する面からの利点で言えば、ほら、踊り続けれたなら楽しいだろう? 永遠に恋人とセックスし続けれたら気持ち良いし…

時嫌われ

真夜中四時前の大須商店街に人の気配はない。眠る店の並びはシャッターが連なり、高いアーチ状の屋根には寂しい影が伸びていた。 そんな眠る商店街の静寂を破ったのは、ヒールが鳴らす踵の音。 カンカンと音に釣られるように、ペタペタとたどたどしいシュー…

デイゴースト

最近、何もないんだ。 話すことがまるで何もない。だから友人たちにも会おうと思えないし、そもそも人の充実した話を耳にしたくない。聞けば耳も心も腐りきってしまう。羨ましい。そんな日々、心を何かに動かされているだなんて。 しかし、俺に潤いがどんな…

ヨスガの星

あれに出会って私が逃げ延びれたのは、これが初めてかもしれない。 まあ、これが終わりなんだろうけど。 冷たい冷たい夜。本当だったら身震いして寒さに浸るはずなのに、今はもう震える力もない。身体が動かない。全身は傷だらけで、片足なんて繊維で繋がっ…

水飛沫

帰宅路。新宿で電車を乗り換えるとき、僕は無意識にネクタイを緩めていることに気付いた。今までも無意識に緩めていたのだろうか、そんな事をしても帰りの電車の窮屈さは変わらないのに。 駅のホームに並ぶ。電車が来るまでの四分の間、携帯に来てた仕事のメ…

白い露

「あ、そこ足場ないです」 細い喉から出た女生徒の言葉に、男性教師は踏み込んだ足をサッと戻した。草むらと思わしき奥、深い暗闇の底に小さな石がカラカラと落ちていく。 東京都某山、断崖絶壁の道。 男性教師が狭く細くなった足場を見て、不安そうに狼狽え…

景色

‪ 友達が住んでいる団地、細い夕空、飛んでいく白いビニール袋に目を奪われる。‬‪「……くん、なに見てるの?」‬‪ 先にいた友達が振り返って、僕に聞いた。‬‪ なにを、見てる。空をクラゲのようにふわふわと飛ぶ白いビニール袋……それだけ。ただのビニール袋が…

十月末のコスモス

私が変わらなければ良い、それだけのこと。 それだけのこと。 ただの、女子高生の一恋愛に過ぎない。一年と少しの片想いの間、私は心の底から手を伸ばして、彼を求め続けた。恋人という形になった今だって、気持ちは変わらない。大好きで大好きで、一回だっ…

希望座標、往生の果てに

少年と少女は、困り果て、立ち往生していた。 その座標は、何処にも見つからない。何日、何年、星に辿り着くような遥かな時間を探し続けても、欠片も破片も見つからない。実体がないように、幽霊のように、掴むことすら、出来ないまま。 しかし、それでも必…

原稿薬

背中の滲んだ汗に、俺は起こされた気がした。 携帯の時計を見れば深夜一時過ぎ。一瞬、今日明日のことを忘れて、頭の動きが止まる。ああそうだ、仕事から帰って明日が休日なのを良いことに、ベッドに倒れ込んで休んで、そのまま。 硬いシャツが肌に擦れて、…

夕闇の中

私は神様で無ければ、人でも無い。こうして少女の形をしているのは世の都合あってのことで、しかしそんな都合に踊らされていても、生きとし死ねる君らよりは上位の存在なんだよ。私は切り取られた夕焼けの時間の中に佇む、無彩色のアヤカシに創られた名前の…

ラインリバーシブル

慎み生きてきた僕の恐れ。 謹んで申し上げます。 僕は常々思っていました。「人はおとなしく良い子であれば、怪我せず愛され忌み嫌われない」と。きっとそうなのでしょう。いつの時代も、トラヴルを起こさなければ、まず嫌われない。人の記憶の隅っこ、席に…

カックン

‪「トタン街にさ」‬‪ 平凡な小学校の昼休み、五時間目が始まる三分前のこと。おさげの少女が「お兄ちゃんから聞いた話、なんだけど」と付け加えて、喋り出す。‬‪「男の子の幽霊が、出るんだって」‬‪「ええ、やだ、怖い」‬‪ 三つ編みの少女がそう言って、胸の…

星流し

君の、その、大きく開く口が嫌いだった。 出会った頃から、あまり得意なタイプでは無かったんだ。人との繋がりや対話を嫌う僕とはまるで正反対で、君は自ら人の〈許されない空間〉へ踏み込んでいくような女だ。あの時だって、僕が固く閉ざした〈許されない空…

始終

‪ 始まりがあれば、終わりがある。‬‪ 曇り続きの一月、私たち三年生は高校生活最後の授業から解放された。また三月に、という無言の空気に少しだけ不安になる。‬‪ 時間は、あっという間だ。‬‪「お待たせ」‬‪ 廊下の窓から中庭を覗いていたら、後ろから優しい…

スバル神話

「今日の空はなんだか、明るいね」 薄暗い夜空の下。バチバチと音をたてる焚火を前にして、少年が森の隙間の向こうを見て、呟いた。 少年の言葉に、目の前にいた年配の男が低い声で答える。「西の大都市で“フェス”があると聞いたから、それだろう」「夜に? …

当たり前の日常

ぐるりと辺りを見渡せば、クラスメイトたちが授業を受けている。 あれ、ずっとそこにいたっけ……なんて疑問を不思議に思って、きょろきょろしていたら、先生に集中しなさいって注意された。でも、どうしてだろう。僕を含め、クラスメイトも、先生も、そこに存…

白い防音と社会の歯車

俺がそのビルの最上階に足を向けた理由は、近くを通った。そう、それだけのことだ。 オーナー不明状態のビルのエレベーターは、だいぶ前に壊れてそのままらしい。そういえばあの頃から、不備がどうのってよく壊れていたな。三階にあった大型チェーン店の居酒…

カラメルハート

その日は具合が悪くて、いつもより世界が憎らしく思える日だった。 朝のホームルームのときの、冷たい机も。私の具合を知らず話しかけてくる、無邪気な友達も。少しだけ憎らしいと思って、だけどいつものように下手な笑顔で返して、日常に溶けてしまって。 …

黒山羊の街

多くの人が、新しく生まれる街を、その日を祝福していました。 朝陽の暖かいグラデーションが、0歳と0日の街を包み込んでいきます。住人たちはまだぐっすりと眠っていて、起きているのはお爺ちゃんお婆ちゃんと、お大忙しと走り回る街の役人たちぐらいなも…

ハンザキ

服が、下着が、一枚一枚と落ちていく。 家のものとは違う大きな鏡。手のついていないアメニティ。「シャワー、先に浴びて来なよ」 そう言った貴方はこの場にいない。鏡の中に裸の私が一人いるだけ。見て欲しかった下着も、見られないまま。 どちらかが誘った…

眠るキャロルの森

その日の夜は、春以来じゃないかって思うぐらいとっても涼しくて、素足に擦れた毛布が冷たくて気持ち良かったの。 だから、寝るのにも、そんな時間はかからなかったと思う。 ただ、いつもと違って、近付く冬を……クリスマスを楽しみに想って、眠りについた。…

ビリビリにして枕の下へ

息を止めれば、死んでしまう。 誰かが、みんなが、言っている。息をしろ生きろって。僕の死んでしまいたい気持ちを殺害してまで、優しい声で脅迫する。だから僕は生きている。そのために嫌いな朝だって何度だって迎えてみせるし、心をズタボロに刺されても歩…