kurayami.

暗黒という闇の淵から

時嫌われ

 真夜中四時前の大須商店街に人の気配はない。眠る店の並びはシャッターが連なり、高いアーチ状の屋根には寂しい影が伸びていた。
 そんな眠る商店街の静寂を破ったのは、ヒールが鳴らす踵の音。
 カンカンと音に釣られるように、ペタペタとたどたどしいシューズの音。
 二つの足音は、商店街の外を真っ直ぐ目指して、止まらない。
「急げ急げ、朝はすぐそこだぞ」
 そう言ったのは、長く綺麗な白髪の髪を唸らせらた三十路手前の女性。
「急ぎます、急ぎますから。先生、小生と楽しくお話しながら行くのは、どうでしょう」
 女性……先生に、伸びた襟足を後ろで結いた少年が提案する。
「ほう、いつそんなチャラくなった」
「先週の晩、名駅の前でお兄さんがそう言ってるのを聞いたんです」
 少年の声に、先生が歩みを止めず振り返った。
「悪くないな」
 先生は少年のチャラさも提案も含めて、肯定する。
「本当ですか。お話しましょう。先生は今幸せですか?」
「その話題が楽しいかはさておき、こんな昼夜に生半可な体質になってしまったからには、幸せとは言えないな。今もこうして夜の出口を目指して急がねばならないわけだ。満足はしていない。しかし今この瞬間、一人ではない点で言えば、私は幸せかもしれないが」
 少年は急ぎ足の先生の言葉に、一つ一つふむふむと頷いた。
「君はどうなんだ。もちろんそんな生まれつきじゃあ、世を恨むだろう?」
「いやいや、小生は幸せですよ!」
 心から出た少年の声に、先生が足を止める。
 商店街の温度は徐々に下がっていく中で、迫る終わりと始まりの気配を漂わせていた。
「こんな生半可な、現状でもか」
「ええ、小生はそんな立派な幸せは、もう望んでいませんから」
 そう言って、少年は無邪気な笑顔を浮かべる。
「良いんです。もう小生にはまともな両親なんていなくて、当たり前だと言われる昼夜の思い出だって、もう作れないと思います。今から大きく満足に生きるだなんて、想像もつきません。ただ、小さく生きるだけですよ」
 商店街の終わり、夜の出口の前。先生は改めて、目の前に存在する〈狭間と歪みが生んだ可愛らしい癌〉を認識した。
 生まれつき、時間に嫌われたその存在を。一人の少年を諦めさせた、世界を。
「それに小生、美人な先生と一蓮托生なだけで男としてはかなり幸せです」
「可愛いこと言うじゃないか。しかし、少しチャラすぎる、あざとすぎる。次の時間になったら、改めて私がチャラさを教えてやろう」
 先生の言葉に少年は犬のように、それだけが幸せかのように、喜んで見せた。
 空が白んでいく。
 暗闇が薄れ、二人の〈時嫌われ〉が何も惜しまず、夜の出口の中で姿を消失した。

 
 

 

 

nina_three_word.

〈 生半 〉

〈 小生 〉

〈 託生 〉