友達が住んでいる団地、細い夕空、飛んでいく白いビニール袋に目を奪われる。
「……くん、なに見てるの?」
先にいた友達が振り返って、僕に聞いた。
なにを、見てる。空をクラゲのようにふわふわと飛ぶ白いビニール袋……それだけ。ただのビニール袋が生き物のように動いていて面白かっただけ。
「ううん、なんでもない」
そう言ったのは、つまらない嘘だった。それでも目に映る事実の景色は色鮮やかで、夢と好奇心に満ちていたのは間違いない。
夏の石階段に落ちたタマムシの死体。僕らの秘密基地へと続く雑草だらけの路地裏。誰も行ったことがない屋上を開ける銀色の鍵。日付を跨ぐ時間に親に連れられたコンビニ。自転車で初めて行く隣の隣の町の商店街。
新鮮と発見。日に日に感動を見つけては心が躍って、毎晩毎晩明日が楽しみだった。放課後の行き先に迷っては、傷になるような後悔なんて一度も無くて。
僕の世界には、素敵が満ちていた。
中学校高校と上がってくに連れて、行ける場所と遊ぶ幅が増えた。ゲームセンターに入れるようになって、友達が何で遊ぶかを自然と覚えていたっけ。喫茶店で初めて友達の話を真面目に聞くようになって、他人への関心が増していったんだ。
みんな、なにかしらの悩みを、必ず抱えている。
聞いてみれば恋の悩みが多くて、とても興味深かった。好きな人がいて告白が出来ないという人がいたり、どうしたら好きな人に好まれるようになるかと悩む人がいて。自身に経験が無いのも含めて理解が出来ない分、興味が湧く。
将来、どんな恋人が出来るんだろう。
みんなの悩みは決して、綺麗で浅いモノだけじゃなかったけれど、同じように悩んでみたいと思っていた。だけど、いつか大人になれば素敵な恋人も出来るし、好奇心を刺激する景色をもっと知れる、白いビニール袋を見れる。
疑いもせず、そう思っていた。
真実。世界は決して、素敵に満ちていない。
早朝深夜に肉塊を運ぶ中央線。自身を守るための陰口。水商売あっての性の均衡。生ゴミに埋もれた過去の思い出。吸い殻に込めた妥協した将来。
ああ、こんな景色だったかな、俺の世界は。
大人になってみれば、白いビニール袋は偏ったコンビニ食が入っている。毎日が生きるためだけに過ぎていって、虚無を孕んだ生活が転がる。
この時間はまるで、あの頃の無知な〈僕〉を否定して、汚くて淀んだ景色を目に見る〈俺〉自身を肯定する。
もう、戻れない。だけど、夢と好奇心が消失して戻れなくなった今でも、目を奪われるものがあるんだ。
休日の夕方、二度寝から覚めてベランダから見える、焼けた夕空。
あの頃はなんとも思わなかった、赤と黒のグラデーションの景色に俺は、胸が苦しくなる。
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〈 慮る 〉