「益荒男であれよ」
それが俺の父親の口癖であって、母親が居ない我が家の教育方針だった。たぶん、俺に物心が付く前から言っている。生まれたばかりの赤ん坊に、呪詛のように愛と共に呟いてきたんだと思う。
父親の教育の努力があってか、兄は見事に、立派で勇敢な益荒男となった。だからそのうち、父親の口癖には「兄のような」とつけ加わるようになったんだ。
益荒男はかっこいい、男らしいと、正義だと父親はよく言っている。
そんなむさ苦しいのが、今時かっこいいのかと疑問に思う。もっとそんな勇敢なんて振舞わないで、気付かれないで済ませるような、そんな冷たさがかっこいいんじゃないのか。もっとこう、細くて……そう、美しさ。
父親の言うかっこよさは、派手さに近い。
俺の思うかっこよさは、美しさ。
密かな反発心は、届かないまま。中途半端な益荒男が生まれる原因となってしまった。まるでなりたくないモノにされて、自分自身すらも否定してしまいそうになる。否定する必要なんて、ないのに。
それでも自身を失わなかったのは、尊敬する存在が確かにあったから。
「これ、内緒ね」
姉の、俺だけへの口癖。唯一下で弟である俺に、姉は甘かった。
父親権力の我が家の中で、姉はコソコソしながら俺にご褒美を与える。それは普段家で禁止されている、夕方アニメのグッズやら甘いお菓子など。父親が見つけたら白けた表情でゴミ箱に捨てるような、そんなもの。
女の教育にあまり興味を示さない父親は、姉に対してだけぶっきらぼうだった。情熱が無い、とでも言うべきなのか。きっと、姉の事を嫌いというわけではないと思う。けど、一番下の俺から見ても、それは愛情不足な接し方だった。
母親が居ない、ぶっきらぼうな父親。そんな家庭内の中でも姉は強くて、文句も言わず、一人努力している。かっこよくて、それでいて女らしい。
益荒男なんかよりもかっこいい姉は、俺の自慢で、憧れだ。
本当は、姉のように、綺麗な水彩画を描けるようになりたい。
美しいモノに触れて、甘い幸せを夢見たい。水色と桃色が本当は好きだから。
柔らかさと甘さの両立。綺麗な姉のように、なりたい。
心の底から切に、姉の姿を、俺は望んで。
ああ、孕んだ尊敬は、望まない教育に反発して、濃く染まって歪んでいるな。
か弱い憂鬱の中で、自分を知ってみたい。長くなった毛を、切ろうか迷いたい。
細い強さの中にある、魔性が欲しい。
街角でスカートを揺らして、恋をしたいんだ。
愛されるような、強い美しさ。
〈次男〉じゃなくて〈次女〉で、ありたかった。
俺は。
わたし、は。
nina_three_word.
〈 益荒男 〉
〈 次女 〉