kurayami.

暗黒という闇の淵から

原稿薬

 背中の滲んだ汗に、俺は起こされた気がした。
 携帯の時計を見れば深夜一時過ぎ。一瞬、今日明日のことを忘れて、頭の動きが止まる。ああそうだ、仕事から帰って明日が休日なのを良いことに、ベッドに倒れ込んで休んで、そのまま。
 硬いシャツが肌に擦れて、汗で湿って、気持ち悪い。
 いや、そんなことより時間を無駄にしてしまった。中途半端に身体を休ませてまどろっこしくなるぐらいなら、疲れを引きずってでも身体を動かせば良かった。こうして意味の無い罪悪感に、悩まされるぐらいならば。
 原稿を進めるべきだった。
 台所に立って、腹に入れるべきモノを探す。冷蔵庫の中は殆ど空っぽで、戸棚の中の乾麺はいつの間にか消えていた。眠気覚ましにコンビニまで歩くのも良いが、結局疲労感が増して辛くなるだけだろう。
 結局、流し下の奥に突っ込まれていたコーンフレークを食べることにした。まあ、ちょっと早い朝食だ。そういえば今朝は何を食べたっけ、ああ、何も食べてないのか。起きて十分で家を出たから。
 疲れた身体に、朝は辛い。
 夕飯を準備する中。机の上に置かれた、書きかけの原稿が目に入った。
 元々一回限りの執筆の仕事だった。友人が人手が足りないからと、書いてくれと。滅多に来ない仕事なだけに、俺は二つ返事で引き受けたんだ。
 書き上がった原稿は、良いモノだった。
 何度も読みたくなる形。原稿の中の文章は、俺の中に存在する純粋な感情だけで構成されている。
 ただの文字列に俺は、肯定されているんだ。
 牛乳に浸ったコーンフレークがふやけた頃、味に飽きてテレビの電源をつけた。見たことも無い深夜番組、枠の中で、駆け出しのアイドルが水鉄砲を片手に走り回っている。乾いた感情が少しだけ、ふやけていく。
 食べ終わったら、プロットを見直して書き足そう。
 肯定される快感に囚われて、結局それ以降も原稿の仕事を貰っている。普段の会社に仕事に加えての執筆作業。身体はくたくたで、まどろっこしい日々。肯定を望むだけに、身体を擦り減らしている。
 見ていた深夜番組が、エンディングに入った。横に流れるスタッフロールと共に、アイドルが星座占いのコーナーを読み上げていく。
「続きまして、乙女座の貴方。恋愛運は昨日に引き続きイマイチ。金運はそこそこで、仕事運が急上昇! もしかしたら新しい仕事が貰えるかも?」
 食器を流しに置いて、俺は占いを鼻で笑った。
 八卦八段嘘九段、占いはデタラメ。……いや、占いがデタラメというより占いは決して、意思を犯す中毒性には抗えない、とでも言うべきなのかもしれない。
 完成して肯定の快楽に溺れてしまえば、次の執筆作業を望む。他なんて無い。
 原稿は麻薬だ。

 

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 コーンフレーク 〉
〈 まどろっこしい 〉
八卦八段嘘九段 〉