kurayami.

暗黒という闇の淵から

プレゼント、アイ

「なあ、お前、俺の手伝いをしないか?」
 その男は、グラスに烏龍茶を注ぐ俺を見て、そう言った。男の足元には、動かない兄が、昼寝をしているかのように転がっている。
「お前みたいに、こういうのを見ても動揺しない……そう、感情が欠如したようなやつが、必要だと思ってな。なあ、どうだ、普通に生きるよりかは、楽しいと思うぞ」
 台所から見て、リビングの奥、男の顔は闇に隠れて見えない。手元では、何か瓶を取り出して、作業をしているように見える。
「手伝いって、なんですか?」
「……そいつだけが持っている、宝物を集めるんだよ」
 男は、そう言った。
 その宝物が何か気になった俺は、男に近づく。男は、顎髭を生やし、銀縁の眼鏡をかけている。足元に転がる兄の死体には、眼球が入っていなかった。
 ドアが開く音。ベランダへ逃げる男に、俺は惹かれるように着いて行った。
 眼窩を空っぽにした、兄の死体を残して。


「だからよお、千晶。頼むからマヨネーズは逆さに入れないでくれよ」
 逆さに入れた方が、いざってとき出るじゃないか。そうは思ったが、言っても無駄だと思い、その逆さに入れる便利さに気付いてもらうまで逆さに入れ続けることを、決めた。
 男……ダイジロウと暮らし始め、一年が経った。
 この一年の間、四つ分の眼球集めの手伝いと、生活の中での家事分担、ダイジロウが持つ個人的な思考を教えられ続けて、俺はそれを話半分に聞いてきた。なんでも男ってのは煙草を吸う際は手首を折ってはいけないらしいし、女ってのは尻が大きい方がいいだとか、そんな話ばかり。
 ただ、ダイジロウの話す、眼球への思考は興味深いものだった。見てきたもので眼球の色や模様が変わるという。ダイジロウは、俺の兄の眼球を含め、八つの眼球を瓶の中で揺らしながらそう語った。
 ある日、ダイジロウが酔っ払いながら、こう語ったことがある。
「お前の眼球はなあ、お前の兄ちゃんと全く同じで、濁っていて気に入ってるんだよなあ。生きてるのも、いいもんだなあって気付かされたよ。へっへ」
 その言葉が、酷く嬉しかった。ダイジロウの語りもあり、俺は眼球の美しさを理解していたからだ。俺は、俺の眼を好きになった。
 この一年、ただただ、平穏な日々が過ぎている。

 マヨネーズの件で怒られた翌日、夢を見た。
 俺には彼女がいた。黒く美しい瞳を持ち、透明な声で話す彼女だ。名前を日菜子というらしい。夢の中の俺は大学生で、彼女と授業を受けている。しかしそんな日々は突然終わって、俺は、眼窩を空にした彼女を抱きしめていた。

 硬いベッドの上で眼を覚ました。時間は夕方五時過ぎ。ダイジロウは家にはいなかった、きっと寝ていた俺の代わりに、食料の買い出しに出掛けたのだろう。
 綺麗な眼球の持ち主を彼女にした夢は、とても鮮明で、現実味があった。
 その翌日、俺は夢に踊らされ、その大学を張ってみた。校門前にあるベンチ、そこに座る。ダイジロウが「張る際はこそこそしないで、堂々としろ」と言っていたのを覚えていたからだ。
 夕方の六時頃。彼女は出てきた。流石に少し驚いた。こんな、夢なんて信じるようになったのは、ダイジロウの思考が影響していたのかもしれない。
 俺はその話をダイジロウに話し、次の標的にすることを提案した。ダイジロウは笑いながらも「お前の見つけた眼球なら興味がある、やってみようじゃねえか」と乗ってくれた。
 その提案が、いけなかった。

 実行の日、手筈通り先にダイジロウが忍込み、俺が彼女の後を着き、連絡をしながらタイミングを合わせる、はずだった。
 彼女がコンビニに入り、ミルクティーを買っている間、ダイジロウから、一通のメールが届く。
 読み終えた俺は、彼女の家まで走った。
 『このメールが送られたとき、何かしらマズったときだ。俺とのことは、全て忘れろ。誘拐されていました、と俺の家で大人しくしてろ。大丈夫だ、その準備は整っている。……と、一応は言ってみたが、お前のことだ、たぶん聞かないだろう。京都に俺の理解者がいる、そいつに話を付けておくから、向かうといい、住所は……』
 複数のパトカー。既に、遅かった。
 俺はもう、恩師にプレゼントを渡せない。

 

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眼窩に花束を - kurayami.

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