風間桂は、真夏の陽炎の中から現れ、櫻井李香に近づいた。
白シャツに身を包んだ風間は、夏の匂いがする。
「ぜひ、貴方と共に飛び立ちたいんだ」
交際を始めて二年、風間は李香にプロポーズをした。
李香は風間を受け入れた。
「だって、私は貴方の虜だから」
しばらくして、風間は何処かへ消えた。
李香は、風間の行方を探すため、風間が昔住んでいたという町を、訪れる。出会った日のような、陽炎の踊る真夏日。
東京の区外にあるその町は、ひっそりと、埼玉県沿いに存在した。
しかし、風間の実家だという住所には、家がない。
その近辺で『風間』について李香は聞いてみるも、誰も『風間』という苗字に反応を示すことはなかった。
手掛かりを掴めず、諦めて帰ろうと駅のホームに座っているとき、李香は一人の女性に声をかけられた。
――風間、風間桂について聞いてると聞きました。
李香は、ええ、ええ、そうです、と立ち上がる。
しかし、その女性から出た言葉、李香にとって、信じられないものだった。
――あの、知ってることはなんでも教えてください。桂は、私の、私の婚約者なんです。
駅のホームで、ツクツクボウシが鳴いてる。
風間桂という偽名を持った男は、結婚詐欺をメインにした、詐欺師だった。
「俺は、偽り」
今回の、ターゲットからの搾取できた分を、男は数える。しかし、どんなにその紙幣が多くても、男は満足が出来ない。
詐欺師は、男が別人になりたくて始めたことだった。____ではない、誰かになりたくて。
しかし、男にとって、どんなに正反対を演じても、風間桂は____と離れない。まるで対のように、近く。
だからこそ、今回の仕事が、男の頭から離れなかった。
櫻井李香は、帰りの電車の中で考えていた。
結婚前に返さないといけない金があるんだと相談され、多額の金額を出したこと。雪の降った日には、犬のように窓の外を見てはしゃいでいた彼のことを。二人で暮らしていた狭いアパートでの思い出を。
李香が奪われたのは金だけではなかった。例え、それが偽りだったとしても、風間桂という名前が存在しなくても。李香に見えていたものは、その男だ。
――心すら、返ってこない。
男は、ベランダでタバコを吸いながら、李香との約束を思い出していた。
春に、柚子の花を見に行こうという、約束を。偽りでなければ、叶ったであろう、約束を。
――しかし、それももう叶わない。
偽られた者、偽った者が「恋の溜息」を、口から漏らした。
nina_three_word.
〈風船葛〉〈鬼灯〉〈桃〉〈溜息〉