kurayami.

暗黒という闇の淵から

オフホワイト

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「お前そんな、髪を結うほど長くないだろう」
 輸送ヘリの中、カイの手首に巻かれたヘアゴムを見てジンが言った。
「ああ、これは……大事なパートナーからのお守りだ」
「そうか、お前の」
 それを聞いたジンが、微笑む。
「なあカイ、お前のパートナー、でかいって聞いたけどほんとかあ?」
 隣で聞いていたトウカが、下品な仕草をして聞いた。
「ああ、でもお前ほどじゃないよトウカ」
 笑ってカイが返す。
 灰色の戦闘服を着た男たち。その三人の手首には腕時計の形をした、心電図が取り付けられていた。

78

 二日前。カイは恋人であるリンの病室を訪れた。
 心臓の病を患うリンは、病室からは出られない。
「もう出撃なんて、そんな急に来るものなのね」
「ああ、まあ、俺たちの部隊そのものが即席みたいなものだし……こんな扱いだろうな」
 輸血用のチューブに繋がれたリンが、カイの話を聞いて切なそうに俯いた。
「心配するなよ。演習でも上手くいったじゃないか」
 リンの手を取り、カイが励ます。
「大丈夫、俺一人じゃない、二人で勝ち取るんだ」

 〈オフホワイト〉……それは、軍事用戦闘服の名称。
 元々は着た者の心拍数を感知し、身体能力を向上させる戦闘服だったが、実戦的ではないと一度思案され、改良された。
 闘う者と、そのパートナーの心拍数に呼応し、力を増す。想う心を、力にする戦闘服へと。

「そうね、二人で……」
 不安そうに、手を握るリン。
「俺は絶対帰るさ。任務の翌日にはリンの手術に立ち会うんだ。それで、終わったら好きなものを食べに行こう!」
「好きなもの……カイは何を食べたい?」
「俺? そうだなあ、魚か、肉か……」
 真剣に悩むカイを見て、リンが笑う。
「ふふ、じゃあお刺身にしましょう。白から赤、橙色まで揃えて、鮮やかにするの」
「橙色、サーモンもか!」
「そうよ、カイの好きなサーモンも。だから、生きて帰ってね、約束」
「……わかった、約束だ」
 夜を迎えた病室の中、二人は、指切りで約束を交わした。

88

「そろそろか」
 ジンが、身を乗り出した。そこは、砂漠地帯に位置した乾いた廃墟の町。
 任務は、潜伏している敵の残党組織の殲滅、及びリーダーの死亡確認。
「スーツの効力に頼るな、訓練通り、撃退。ヘリを降り次第別行動。いいな、必ず帰るぞ」
「ああ」
「おうよ」
 三人はパートナーの心拍数を確認した。予定時刻、心拍数は九十を越える。
 ヘリから降下し、任務が開始された。

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 リンの高い心拍数により、カイは素早く動き、建物の中にいた残党を撃ち殺していく。身体向上は、視力、握力にも及び、手ブレを抑え、遠くの敵を射撃することができた。

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「……カイ」

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 カイは、建物から建物へ移り、敵を確実に、無駄なく一発で仕留めていく。

169

「ごめんね」

 カイに、心電図を見る余裕はなかった。不意に現れた敵を、ナイフで仕留める。派手に飛び散る鮮血に、違和感を得る。

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「私……約束、守れないかもしれない」

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 その建物の奥、苦戦していたトウカの元に、カイが滑り込む。そこにはターゲットのリーダー格の男がいる。
「やっと見つけたんだけどよ、思ってたより数多い。カイ、いまそっち……心拍いくつよ」
 トウカに聞かれ、カイが、心電図を見た。
 そこに表示される数字は、三百。
 不意に、後ろから集中射撃を受け、二人が倒れる。広がる血の海の中を、弾は続けて撃たれた。
 静寂と硝煙。その中。リビングデッドのように、カイが立ち上がった。
 想う力は、壊れた身体を動かし、敵を蹂躙する。

「約束……守れそうに、ないなあ……」

 

 

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〈戦闘服〉〈刺身〉〈指切り〉