kurayami.

暗黒という闇の淵から

マガイモノ

 深い深い、山の闇夜の中。幼さがまだ残っている少女は、ぼんやりと紅く照らす鳥居の道を、心細く歩いている。
 一つ下の弟、太郎が消えて三日目の夜。少女は我慢できなくなり、飛び出した。帰らない太郎に、心当たりがあったのだ。町の西にある山の裏側、そこに作られた秘密基地。太郎はそこにいると、大人たちに説明しても場所を理解してもらえることはなく、少女が捜索に着いて行くと言っても大人たちが許すことはなかった。
 少女が懐中電灯を片手に、山の中に入って二時間。懐中電灯の電池が切れかかった頃、少女は見慣れないものに辿り着いた。
 連なる、紅く照らされた鳥居の坂道。
 この闇の中で、唯一光る道は、不安に抱かれた少女を容易く誘う。
 例え、妖しくても。
 鳥居の外は、暗闇だった。時々、何かが地面を這う物音、枝を折る音、足音がする。少女は、もはや進むしかなかった。引き返すことも、振り返ることもできなかった。
 坂道を登り切って、鳥居の出口。開けた空間に、神社のような形をした、鉄パイプに張り巡らされた機械的建物が、月明かりに照らされ建っていた。
 少女は意を決して、建物の中に入り込む。ここにいる、と少女は希望的観測と共に、他の思考から逃避をしている。
 建物の中は、低い機械音が響いていた。ほとんどの扉が重く閉まっている中、一つだけ開いて、薄紅色の光が漏れ出している扉を少女は覗いた。
 そこに太郎はいた。
 ただし、液体の満ちた細い筒の中、複数の管を通された状態で。
「太郎!」
 少女は太郎の元へ駆けつける。太郎の姿が見れて嬉しかったこと、見たことのない人間の状態への不安、早くここから逃げ出したいという欲望。複雑な気持ちが少女の中で絡み合う。
「おやおや、可愛いお客さまですね」
 高い女性のような声に、少女が振り返ると、そこにいたのは袴の上から、白衣を着た奇妙な男が立っていた。
「太郎は、太郎は無事なの?」
「ええ、それはもう、良い状態ですよ」
 少女の問いに、どこか外れた答えを返す男。
「その少年、人の身でありながら、妖気を口から吐き出していて……差し詰め、アヤカシが身近にいたんでしょうね、それも禍々しいものが。そのうえ、こちらの境界に入ってきた、これはもう、カミサマに仕上げるのに必要な個体値が揃っている。いや、素晴らしいですねえ……ってヒトの話、聞いてます?」
「太郎を返して!」
「返す? ああ……まあ。もう、いいでしょう」
 男にとって“返す”作業に取り掛かる。男がレバーを下げ、筒の中の液体が底に流れていく。筒が開き、少女が太郎に抱きついた。
 ぎゅっ、という音を与えられないような、抱擁だった。弟の身体は、かたく、動かず、まるでプラスチックのようだった。
 少女が「うわっ」と悲鳴をあげ、太郎から離れる。
「人間返りを得て、カミサマの、完成ですね。さてさて、対になるツカイが、欲しかったところです。そのカミサマの血が流れているアナタなら、きっと……」
 闇夜の中、連なる紅い鳥居が、二つのマガイモノの完成を祝うように、灯りを消した。

 

 

妖怪三題噺「個体値 神社 プラスチック」

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