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kurayami.

暗黒という闇の淵から

キャンディロープ

 僕の前から彼女がいなくなって、二ヶ月が経った。
「もし……私が帰れないとき、ああ、もしもの話だ。そんな不安そうな顔をしないでくれ。いつもの飴を瓶に詰めて、食器戸棚の一番上に置いておく。まあ、帰れないとき用だから、いつもより良いものを用意しといた。楽しみにしているといい」
 彼女がそう言ったのは、今から半年も前のこと。しかし、それから四ヶ月の間、彼女は毎日欠かさず家に帰り、僕に飴を寄越していた。それが二ヶ月前のある日、突然帰らなくなった。彼女の家に、僕を残して。
 僕は彼女の正体を、何一つ知ってはいけなかった。その代わりに、毎日無償の愛情を注いでくれた、僕を甘やかした。そういう約束だったからだ。だから、僕は彼女の年齢も、本名も知らない。僕が愛していたのは彼女の真実ではなく、彼女という存在だったから、正体を知らないことは問題じゃなかった。
 飴は、日と日を繋げる意味合いとして貰っていた。毎日貰うことで意味があるそれは、見方を変えれば餌付けだったかもしれない。どこで買っているのかわからないその飴は、不思議で優しいが味がした。
 もしかしたら、彼女の手作りだったのかもしれない。地下の部屋への出入りを、彼女は禁止していた。そこから料理や服を、彼女が持って来ていたからだ。彼女が用意する服も料理も、飴と同じで全て優しかった。
 今どこで何をしているんだろう。こうも帰らないと心配で、寂しかった。あの言葉は、この時期を予期したのか。正体を知っていれば、この不安も拭えたのかもしれない。けれど僕は彼女を探さないし、正体を明かさない。それが約束だったからだ。
 僕は、この二ヶ月間、彼女が残した飴をまだ舐めていなかった。彼女から貰う飴に、意味があったからだ。帰ってきたとき、戸棚の飴を舐めていなかったら褒めてもらえる、そんな気がしていたから。
 けど、彼女は、いつまでも、いつまでも帰らなかった。寂しさがただただ、厚く積もっていく。彼女との記憶も、日々薄れていく。
 彼女が消えてから、一年。僕の中で急激に薄れていく彼女のことが苦痛で、戸棚の上から飴の入った瓶を手に取った。飴は一年以上経った今も、半透明のピンク色を保っていた。まるで、時を感じないような飴。
 恋しさ故に、その飴を口の中に、入れてしまった。
 それは、とてもとても、甘かった。今まで彼女が与えてくれた甘さを、寄せ集めたような味だった。優しくて、堕ちるような、味。
 僕は、涙を流していた。そして次の瞬間には、全て忘れていた。何か大切な、何かも。
 気付けば、そこは魔女の家だった。 


nina_three_word.

〈 魔法 〉

〈 寄せ集め 〉

〈 飴 〉