kurayami.

暗黒という闇の淵から

回想列車

 私が最初に感じたのは、懐かしく、そして、心地の良いf分の1の揺らぎ。次に、視覚的暗闇だった。線路を走る音、閉鎖的圧迫感から、電車に乗っていることを理解した。
 しかし何故、明かりの無い暗闇の電車なんだろうか。何故電車に乗っているのだろうか。何処を目指しているのかもわからない、思い出せない。
 何処を、目指している……? その疑問に、何故か違和感を覚えた。目指すべき場所など、あるのだろうか、と疑問は別の疑問へと変わっていく。自分の中で記憶以上に、大切な何かが抜け落ちているような、そんな気がした。
 車窓の外を、小さなランプが通り過ぎていくのが見えた。やはり、地下を走っているらしい。
 一瞬の光か、それとも気配か。他にも複数の人がいることに気付いた。しかし、私同様に、じっとして動かない。
 動かないのは電車のマナーだからというより、安心しているからではないだろうか。少なくとも私は、何処かへ運ぼうとしているこの電車に、安心している。余計な心配はいらない、線路が辿った先に答えがある。そんな当たり前に、私は普段以上に安心していた。
 ふと、見知った駅を通過していくのが見えた。あれは、そうだ。桜新町駅だ、あの赤いタイルはきっとそう。だとしたらこれは、田園都市線なのだろうか。
 着く先は、渋谷か、それとも。
 気付いたついでに、一つ思い出した。私は、生きる価値のない人間だ。
 毎日のように、この田園都市線を使っていた。自宅から会社に向かう途中、乗り換えのために。家族を養おうと、身を削って働いていた。
 だがそれもある日、それが当然の景色だとでも言うように、会社は倒産していた。職を失った私に、家族はきつく当たった。不運が続き、新しい職は見つからず、家族にも捨てられたのが、私という人間だった。
 ああ、そして私は。
 電車が、地下を抜けた。暗かった車内に光が溢れた。車窓の外には住宅街が広がっている。
 車内には、疎らに人が座っていた。どの人も、目に光はなかった。
 やがて電車は、多くの人がホームで待つ二子玉川駅を通り、多摩川に差し掛かる。しかし、車窓から見える多摩川は、私が知っている川幅ではなかった。まるで海のように広く、幻想的なエメラルドグリーンを揺らめかせている。
 そして、緩くカーブを描いた線路の先に、白い砂浜が見えた。
 死人を乗せた田園都市線は、砂浜の中で停車する。ゆっくりと、何年かぶりに立ち上がり、電車を降りて砂浜へと足を沈めた。
 白い砂の正体は、死を迎え殻となった原生生物、星の砂だった。そして瞬時に理解して、意識が少しずつ溶けてゆく。
 もはや飛び込み、痛かったなんてことは覚えていなかった。それはきっと、他の人たちも同じだろう。
 飛び込み自殺者の意識は海へと溶けていき、その身体は無数の星の一部となっていく。
 こんな贅沢な最期でいいのだろうか。
 私たちには、とてもじゃないが、美し過ぎる。
 


 
nina_three_word.

〈 回送列車 〉

〈 星の砂 〉