kurayami.

暗黒という闇の淵から

フィクション

 運が良いことに、私はとても幸せだ。
 あの頃は何もなかった気がする。空っぽで何もなくて、ヘラヘラしてれば良いと思っていた。時間の空白への恐怖に麻痺し、目を背け、毒の中で怠惰に堕ちていることにすら気付かないまま。
 思い返してみれば、とても恐ろしい日常だった。まるで別人のような愚かな私だった。
 それが今じゃどうだ。物語を創作し紡ぐことで、毎日が充実している。時間が執筆作業で埋まっているのだ。忙しすぎて、やること全てに手が回らない。むしろ時間が足りていないぐらいだからな。日々の創作作業に加えて、同人誌に出す原稿だってある。考えることはたくさんあるんだ。
 忙しさと、思考することで、時間が満ち足りている。私は幸せだ。
 寂しいと思うこともなくなったなあ。それもこれも、私が創作の世界に落ちれている証拠だろう。創作の世界の中なら私は、面白くて可笑しい友人がいる、何処か抜けた主人公になれる。疲れた顔をした恋人と同棲している、雨に濡れた主人公になれる。あまりの美しさを疑って殺せる相手がいるような、イカれた主人公にだってなれるんだ。
 言いたいことが言えない、睡眠薬漬けの女子高生にも。
 地下室に綺麗に血の瓶を並べるような、殺人鬼にも。
 頭を打ち付けるのが大好きな、妖怪にだって、なれる。
 私はもう、一人じゃない。あの頃のような、真の孤独の中にはもういないだろう。私はキーボードを叩くことで、理想の世界にいける。
 なぜなら私は、物書き雨心千世子だ。貴方たちも、もう、知っているだろう?
 そう、もうお気付きだろうか、今回はこうして、私自身が主人公だ。雨心千世子という実在する人間だ。わかるだろう。
 私を知らない人は、これから知ってもらえば良い。何度も言う、私は実在する。この世界にも、そちらの世界にも生きているんだ。そうこうして文字を綴っているのは私、雨心千世子だ。決して似た名前の別人の男なんかじゃない。騙されるなよ?
 私は原稿を落とさないし、一人じゃないし、読み手がいる。
 創作の世界へと入れば、友人も殺人鬼も妖怪もいる。
 ああ、私は幸せだ。
 しかし、幸せと思う一方で、私は知っているのだ。
 確かに〈雨心千世子〉は実在する。
 だが、もし〈雨心千世子〉が何かの形で死んだとしたら。
 そうなれば、ペンネーム〈雨心千世子〉を失った〈私〉には、何も残らないのだ。
 読み手も無ければ、友人や殺人鬼も妖怪なんて、もちろん存在しない。書く原稿だって存在しない。
 たった〈雨心千世子〉が死ぬだけで〈私〉はあの頃に戻ってしまう。
 はてさて、私は〈子供だまし〉な存在なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

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〈 子供だまし 〉〈 メアリー・スー