kurayami.

暗黒という闇の淵から

シカバネテツバット

 遠心力が俺に自信を付けてくれる。無力の零から、一人分の命を消せるぐらいには。
 何故だか何時からか、俺は家族の教室の町の世間の世界の嫌われモノで、まるで拠り所がなかったんだ。ああ、それは別に良い、嘆く必要はない。自業自得だからだ。俺が容姿端麗じゃなかった、会話する力がなかった、愛されたる魅力がなかった。ただ、無力だった。仕方が無いことだ。
 だが、無力で零ならば、一に、五に、百に千にしようとするのは俺の自由だろう。
 力は常に欲していた。
 俺に出来ることは何だろう。この世界に生を受けた上で、俺は世界に何の影響を与える事が出来るのか。それを疑問に思い、何も出来無いことを悔やみ、苦しみ続けるだけの日々。そんな日々を何年も繰り返してる内に、遂に二十八だ。何も出来無いまま。
 周りの同年代を見れば、まるで俺の生を否定するように輝いている。何かに努力し、生を燃やし、必死だ。一体何の力がそこまでお前らを動かし、お前らの生を実体化させるんだ。俺には、その力がない。生なんてない。
 俺の様は、生きる屍のようだった。
 少しずつだが、俺は力を付けることを諦めていた。いや、そうせざるを得なかった。嫌われモノの俺は社会で人以下の扱いを受け、思考する余裕すら奪われ続けていたからだ。俺の世界は常に威圧的な上司だけ。世界に影響を与えることも無く、上司の言う通りに動き、怒られ、殴られる。それだけだ。
 だが、まさかそんな上司が切っ掛けで、力を得るとは。
 その日、残業の中で上司の暴力はエスカレートし、俺の額から血が流れ出た。ああ、遂に殺され死ぬと、俺は理解し覚悟する。
 きっと、本能だろう。俺は咄嗟に、手の届く位置にあった硝子の灰皿で上司を殴り殺したんだ。壊れた機械のように殴り続け、頭蓋骨に当たる硬い感覚が無くなるまで、何度も。
 上司は何時の間にか動かなくなっていた、暴言を吐かなくなっていた。家族がいて、たまに娘の非行を俺に哀しそうに愚痴る〈人間〉はもう、俺の手で亡くなった。
 俺は身を震わせ理解する。大きな事を成したと。
 世界規模で見たら些細な事だが、生を授かったモノの数を一つ減らした。それは殺されたモノからすれば最大規模の事件。
 俺は片手の鈍器から力を得たんだ。百よりも千よりも限りなく大きな、力を。
 それからというもの、俺は会社を、住んでいた町を逃げ出し、各地を転々とし人という人を、殴り殺し続けた。世界に人に、影響を与え続けた。使うのは常に鉄バットだ。安定した遠心力で人を傷付け、弾力で返ってきた鉄バットを再び振り下ろすのは、自身の力を幾度と無く実感出来る。
 しかし、殴り殺し続ける日々の中で、沸々と違和感が湧いていた。
 何故か鉄バットが手にしっくり来なくなって。
 この力ある日々が続きそうにない気がして。
 次は誰を殺そうと考える頭の働きが、とても、のろい。
 酔っ払ったように、それらの違和感の原因が、俺にはわからない。わかりたくない。ロクでもない理由な気がする。
 唯一つわかるのは、俺がまだ、生きる屍と何ら変わりがないという事だけだ。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 鈍 〉
〈 規模 〉
〈 違和感 〉