kurayami.

暗黒という闇の淵から

オーバー

 まだ終わりじゃない。
 私の気持ちはまだここにある。冷めることなく、身の内で燃えているじゃない。紅い空を見て永遠性を感じれるし、さめざめとした青い海を見て丸裸となった世界を見ることができる。切ない感情を吐き出したくて、ずっとずっと言葉にして綴ってきたんだよ。発信してきた。そうすることで一人傷を負う必要がなかったからさ。カルピスを水で薄めて飲むみたいに、感情を分けてきた生き方だった。でもそれだけじゃなくて、発信することで誰かが喜んでくれてるらしくて、切ない感情を喜びの感情に変換することもできたんだ。
 私の切ないを知って欲しいという建前。
 私を読み取って救済して欲しいという本音。
 だけど、何故か……ううん。最近言葉に出来てない。綴れない。私の切ないはいつまでも溜まり続けているのに、それを言葉にして発信することが出来ないんだ。ぼんやりとしている。霧がかかっているみたいに、視界が曇っているみたいに。最初はたまたま偶然だと思ってた。寝ればそのうち、涼しい風が吹けばそのうち綴れると思っていた。けれどいつまでもぼやけたままだ。まだ終わりじゃないのに。発信したりない。
 切ない感情はどんどん積もっていく。絶対に虚無なんかにしないぞ、という気持ちで、ただただ切ないを大切にしてきた。風船みたいに膨らんでも絶対に弾けないように、自身を強く保つ日々。眠たくなる。ベッドで横になっていると様々なことを思い出して、言葉にしたくなるのに、指が滑って何も綴れない。
 虚無なんかには、屈しない。
 けれど、言葉を外に出そうとするたびに溶けてしまっていた。気付けば眠っていた。なんで、どうして。私はまだ発信できる。発信したい。一人にしないで欲しい。溜め込んでいた切ない感情は、虚無へと薄れ落ちていく。記憶だってあやふや。繋がれたチューブは日々増えてきた。たまに看護師が何を言っているのかわからないときもあった。窓の外の陽がとっても早くぐるぐる回っているときもある。指が滑る。携帯が手から滑り落ちていく。
 言葉を綴れなくなってから、どれぐらいの時が経ってしまったんだろう。もう腕すら動かせなくなっていた。口から吐き出た言葉が伝わっているのか心配になる。何も発信できない。もう残っているのは冷めきった虚無だけだった。それでも私の気持ちは、ここにある。言葉にするだけの価値はまだあるはずなんだ。だから、ねえ。ねえ。
 目の前が暗くなる。
 まだ、終わりじゃないのに。

 

 

 

 


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一行目を〈 まだ 〉から始める。

僕らの街

 僕と君は、この街からはきっと離れられない。
 最初そう思ったとき、特に理由があったわけではなかった。ふと頭に浮かんだ確証。〈僕らはずっとここにいる〉らしい。漠然としていて姿が見えない、しなやかな鎖に、強く拘束されている。捩伏せるような重力が働いている。君は「遠くへ逃げたい」とよく言っているね。でも、それも叶わないだろう。ここから出ることは出来ても、僕らはこの街へと帰ってしまうのだから。理由はわからないけれど、ここを離れる想像が全くつかなかった。
 このことを不幸だと君は思うだろうか。僕は別にどこへ行きたいだとか希望はないから、この街に囚われていても特別不幸だとか思わない。むしろ何か安心というか、まあそれが答えなんだけれど、ああ、今は君の話がしたい。ねえ、不幸だと思うのかい。それほどに街を嫌う必要があるのか。街にいることで君に何の支障がある。生まれ育ったこの街のこと、何が在るかという事実を君はもし忘れてしまったのなら、僕はとても虚しいよ。
 遠くへ逃げたい、か。君の言う「遠く」って何処さ。何をもって遠くになるんだ。この街が見えなくなる程だと言うのなら、君はいつまで経っても遠くへなんか行けない。君がどんなに大切なことを忘れたとしても、街の記憶だけは薄れることはないんだよ。遠く、遥か遠くへ行くぐらいならば、街を変えてしまう方が手っ取り早いだろうね。ああ、君にも僕にもそんな力はないんだけれど。
 意地っ張りな君は僕の話を聞いても諦めてくれなさそうだから困る。最初にも言ったじゃないか、僕らはこの街からは離れられない。〈確証の理由〉はとても単純なんだ。考えた果てに気付いたときは思わず笑ってしまった。そういえば、いつだってそうだった。僕が気付く時に君は隣にいない。同じこの街にいるというのに。
 そうだ、その通りだよ。やっと僕と、気付けたね。
 離れられないのはこの街自体じゃない。
 僕と君が作る、二人の世界そのものだ。
 全部を忘れてしまったわけではないだろう。僕と君が作った大切な思い出の数々を、積み上げてきた時間を、全てこの街に収束されている。街灯ひとつひとつに深く染みている。だけど器でしかないんだ。この街は僕らの世界の器でしかない。君がいて僕がいることが重要なんだ。街の思い出には僕がいることを忘れるなよ。いや、忘れられやしないんだ。少し僕が不安なだけで。
 まあ、だから、君には僕がいる限り、離れられない。僕もまたそうだ。
 例えこの街が滅びようとも。
 死が訪れようとも。
 僕らはそれでも、ここにいる。
 

 

 

 

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〈 僕ら 〉〈 それでも 〉〈 ここにいる 〉

アナタ

「貴方は、とってもお利口ね。生きとし生けるもの全てに、平等に優しく接している。関わることで人を不幸にしない。飲み込んだ哀しみは全て私に話してくれる。包み隠さず全て。心を裸にするって簡単なことじゃないのよ。なのに、苦痛を引き入れて、それでいて楽になる術を知っていてすごいわ。優しいうえで自分だけが不幸にならない身でいれることがすごく、強いの。私にちゃんと甘えれて偉い。私だけってのも偉いのよ。とってもお利口。だからこそ、みんなに愛されて、私にも愛されている。うつくしい生き様をずっと見させて欲しい。ねえ、聞いてる?」
 現実離れした何処までも広がる青空と緑の草原。そこに、二人の若い男女が向かい合っていた。
 女の言葉を聞いた男が、腕を組んで答える。
「それは、誰のことだ」
「もちろん、貴方のこと」
 呆れた男が溜め息を吐いた。その様子を見ても女は余裕を見せた態度を崩さない。
「あら、私から見た〈貴方〉自身なのだけれど」
「俺は誰かに優しくしようとも思わないし、お前なんかに甘えない。捏造をするな。それはお前の幻でしかないことを知れ」
「そんなことを言われても、ねえ」
 自身の頬に手を添えた女が草原に似合わない妖しい細い目をして、男を見つめた。
「証拠は、あるのかしら」
「俺自身が反証だ」
 疲れた目をした男の言葉は自信も説得力も関係なしに、女の前で落ちていく。青空には少しずつ灰色の雲が浮かび始め、草原に影を落とし始めていた。
「自分のことだけを考えて生きてきた。周りの不幸も幸福も知らん、見てもいない。だからこそ薄汚くてずる賢くて、利口なんかとは遠いモノだ。甘えて迷惑をかけない。弱みなんか晒すものか。お前の言うその〈俺〉なんかは、何処にも存在しない」
 言い切った男の向かい側の女は、その顔を雲の影に包んでいく。表情が隠されていく。
「貴方は本当を知らないだけ。見ていないだけよ」
「似ても似つかないだろう」
「そうかしら。少なくとも貴方と私の〈貴方〉は相対してると思うのだけれど」
「……どこが、だ」
 光を絶やさない灰色の下の草原は枯れていく。
 本当の地の姿を今、晒す。
「だって、貴方も〈貴方〉も、どっちも存在していて、アナタという本質は変わらない。クズだからお利口だからって関係ない。どっちも私無しじゃ生きれない事実は変わらないの」
 女の言葉は語尾が強くて、少し早い。何も言えない男には女の表情が見えていた。
 手のひらに望みのモノが転がる笑み。
「さあ、思い出して。成って」

 

 

 

 


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〈 相対 〉
〈 反証 〉
〈 捏造 〉

 

七つの子と数多で一つの

 鴉が住み着いた瓦屋根の平屋が並ぶ山奥の村。夕焼けが美しいと言われる村の外れには、背の高い断頭台が聳え立っている。
 この村だけの決まり事。
 少しだけ厳しい決まり事。
 村人たちは断頭台周りを〈地獄〉と呼んでいた。何故なら決まり事を破り切断された罪人の身体と首が、忌み嫌われて片付けられないままだったから。誰しもが近付こうとしない死の象徴である場所。親から「悪い子にしていたら地獄に連れてくよ」と躾けるような場所。連れて行かれる罪人の死への恐怖を底無く出す場所。
 しかし、ただ一人。今日も地獄への道を歩む子が一人だけ。
 黒い長髪を後ろで一つに結いた、七つの少女。
「ああ、お前さん、そっちへ行ってはいけないよ」
 老人が誰も通ろうとしない、ススキの海に挟まれた細い獣道へと進む少女を止めようと声を掛けたが、それを近くにいた老婆が止める。
「やめておけ、声をかけるのも汚らわしい。あれは罪人の子だ。あれにとって地獄は揺籠そのものなのだろう」
 老婆の言葉を聞いた老人が見た先で、少女が鼻歌を残して消えていった。
 ススキの海の道は重たいモノが引き摺られたのがよくわかるように、割れている。鼻歌を紡ぐ少女の父親は、村の些細な掟を破り首を断たれていた。村から子を出してはいけないという掟。病にかかった自身の娘を、麓の医者の元へと連れて行った罰。ほんの些細な掟を破ることを、父親は許して貰えるとは思っていなかった。
 全ては罪人になる覚悟での掟破り。
「ぼろぼろになっちゃったなあ」
 独り言を呟いた少女の手元にあるのは、大きな淡黄色の空の巾着袋。ススキの海は少しずつ開け始め、背の高い断頭台がてっぺんを覗かせていた。
「とうちゃく、とうちゃく」
 巾着袋を片手に少女は腕を振る。中へ入る程、嗅ぎ慣れた腐臭が鼻腔へと入り込んだ。断頭台の前まで来た少女はいつものように窪みに触れて、撫でる。
「さて、今日は、どれにしようかなあ」
 そう言って少女が見渡した先には、首と身体が散らばっていた。
 お目当ては、すぐに、見つかる。
 父親と同じ姿の、歪。
 少女は、重くなった巾着袋を両手で抱えて、夕暮れのススキの海を、暗くなり始めた村の中を歩いて帰る。空は暗く終わりのように黒と赤に染まっていた。少女の平屋は朽ち果て、今にも壊れてしまいそうで、人の気配がない。
 母親は全く帰っていなかった。酒屋の男の元へ縋り、平屋の台所で気まぐれに料理を作りに戻る往復の日々を繰り返している。
 だからこそ、奥の和室の襖を、母親はずっと開けていない。
 襖の奥にいるモノを、何も知らない。
「よいしょ」
 少女がガタついた襖を開けると、地獄と同じ腐臭が漏れ出した。暗闇が何処までも続いているような部屋の畳床をよくよく見れば、数多の生気のない目と目が合う。
 並ぶ男の首、首、首。
 巾着袋の中身、男の首を取り出した少女が優しく置いて並べた。目線がばらついた首の並び。それは少しでも〈父親〉が寂しくならないようにという、少女の配慮、おままごと。
「あれ」
 不意に、並ぶ首を見つめていた少女は違和感を得た。
「たりない……?」
 一定の間隔で置いていたはずの首の並びに、隙間が多く空いてることに少女は気付く。しばらく首を傾げて考えるが「まあいっか」と和室を出て行った。

 奥に連なり蠢く、首と首と首と首の〈父親〉だったモノに気付かないまま。

 

 

 

 


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〈 断頭台 〉
〈 巾着袋 〉

 

造勝者マリオネット

 幼き日から俺はずっと負け知らずだった。
 その強さを幸福と捉えるかは、勝利に酔えるかどうか。
 学生時代。特別勉強が出来たわけではなかった。運動能力も平均下に落ちる程でもなく、何が得意かと言えば走ることが得意なぐらい。だからまず、点数が悪くて落胆するということはなかったが、満点もそんな多いわけではなかった。しかし何故か、勝負事には強かったんだ。誰かと競うとき、勝利と敗北が存在するとき、俺は絶対に負けやしない。スポーツやテストの点数勝負、殴り合い喧嘩も。最後には必ず勝利を掴み取って帰ってきたんだ。ただ大抵の場合は相手の調子が悪いようにも見えた。もちろん俺だって負けたくはないから手は抜かない。
 いつだって、気付けば勝利していた。
 まるで誰かの〈見えざる手〉がそこにあるかのように。
 恐ろしいほどに連勝。運絡みの勝負事にも勝ち続けて、そのうち周りから「神に愛されている」だなんて言われるようになった。ああ、俺からしてみれば少し不気味だったんだ。あまりにも不自然な勝利だって過去にはあったから。もし誰かが好き好んで俺を勝たせているのだとしたら、これには何の意味がある。幸運なんかじゃない。神様だってそれほど暇じゃない。遠い目で自身を見れば、そこに立つのは明らかな人造的な勝者だ。誰かの〈見えざる手〉は俺に何を求むのか。
 『負け知らずの男の物語』なんてモノはたくさんあって、大抵は続く勝利に麻痺し、退屈に堕ちてしまうオチが殆どだろう。自分より強い者を探す、男は「敗北を知りたい」だなんて言い始める。そんな物語の登場人物たちを見る度に傲慢だなと思い、とても羨ましくも思った。勝利を当たり前だと思える、その立派な精神を。人間だからというのもあるが、俺は勝つことが好きだ。自己肯定を深めてくれるし、傷はつかない。むしろ今までの異常な連勝があったからこそ、他人よりも勝つことへの快楽に深く嵌っている思える。不気味であっても負け知らずでいさせてくれる〈見えざる手〉には、本当に感謝しているんだ。
 だからさ。このままずっと俺を、負かさないままでいさせてくれ。
 勝敗を動かす〈見えざる手〉はきっと、何かしらの〈意思〉だ。なら、いつか飽きて俺を捨てるときが来るかもしれない。突然俺を捨てて、絶対勝利を剥奪していく。今はその突然が恐怖でしかなくて、惨めにも震えているんだ。
 勝利に酔うことすらできない。
 まだ見ぬ敗北の苦渋を、俺は恐れて生きている。

 

 

 

 

 

 

 

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〈 見えざる手 〉

ミューズ

 立ち並ぶ男女二人の前、夕刻の自然世界が広がっている。
 朱色となった夕の陽が差し込む森は、黒く細いシルエットが並ぶ舞台と化していた。街の雑踏は遠く離れて低く唸る風の音だけ。低く冷たい温度が土の底から湧き出て、暖かい陽の温度に溶けていた。
 そして、男と女の後ろに生えた樹木、その高い位置にある太い枝には一本の縄が輪っかを作り吊るされている。
「もう、大丈夫……でしょうか」
 女が覗き込むように、慎重に男に問いかけた。
「そうだな。そろそろ行くか」
 深く息を吐きながら男は呟いて樹木と向かい合う。縄は風に揺れて、誘うようにひとりでに揺れている。その様子を見ても男女は表情を変えることはなかった。
 一歩一歩と、男は重たい足取りで用意された三脚へと向かっていく。女は三脚に登った男の正面になる位置に静かに移動した。二人の間に存在するのは一本の縄だけとなる。
 輪っかを手に持ったまま静止した男に対し、女が心配そうな顔で語りかけた。
「やっぱり、駄目ですか」
「そうじゃない」
 男が首を横に降って、女を見つめる。
「なあ、最期まで私のことを、見守ってくれるか」
 そんな心細そうな男を見て、女が優しく微笑んだ。
「当たり前じゃないですか。私は貴方の最期の最期まで、一秒残ることなく見届け続けますよ」
 いつもと変わらない、力強く歪んだ愛が篭った声を聞いて、男は言葉に偽りは無いと酷く安心する。
 風が止み、暫しの沈黙。
 二人に、言葉はもういらなかった。
 男が重たそうに輪っかを首にかけて、浅く息を吸って三脚を蹴る。瞬間男の身体が地面数十センチ上まで垂直に落ち、この世の終わりのような衝撃を首に与えた。ほんの少しずつ男の首を縄が絞めていく。
 圧迫。女の目の前で男はもがき苦しむ。その様子はまるでデタラメな舞踏のようで、女は手を合わせて笑顔で見守った。
 死を踊り続ける男。
 血が溜まり顔が破裂しそうだと、朦朧とする意識の中で男が見た女の姿。いつものように笑顔を絶やさず見守る女の姿はまるで、男にとって女神のようだった。

 

 

 

 

 


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〈 イシュタム 〉
テレプシコーラ

沙魚

 不意に、最近夢に見た魚を思い出した。
「ああ〈縁〉も酣だ」
 夜十時。冬の東京駅丸の内口には不自然なほど人はいなくて、僕が呟いた言葉がやけに響いていたと思う。そんな不自然にも気付かない彼女は、何食わぬ顔で改札を通ろうとして、止まった。
「宴も酣? うん、そうね。あとはホテルに行くだけだもの。デートとしては盛り上がりも良いところかも」
 慣れた幸せに浸かり切った温い笑顔を見せて、彼女は僕に返す。
 いや、きっと、理解していない。
「そうだね、これは僕と君で始めた宴だ。二年前の夏のあの日に、誰も見ていない日陰で始まった」
 彼女は相変わらず笑顔のまま、僕の言葉を聞き続けている。
「うん。人知れず始まった楽しい宴の日々」
 その笑顔の裏に何を理解しているのだろう。
 僕のことを、知っているのだろうか。
「とても楽しかったよ。春に見た……桜吹雪に襲われた後の青空なんて、今でも忘れられない」
 春の終わりに訪れた河川敷での突風。あのときの君の表情。
 しかし、宴の酒はいつしか腐っている。
「ねえ、君は幸せだった?」
「幸せだよ」
 僕の問いかけに即答で返した彼女は、ただ一言「今も」と付け足した。その一言が余計で、僕の感情を崩していく。
「気付いてくれよ」
 涙の感情が溢れそうになるのを堪えて、僕は呟いた。
 しかし、彼女はずっと温い笑顔のまま、へらへらと纏わりつく。
「気付かないよ。駄目だよ、そんなこと言っちゃ」
 そう言って袖を引っ張る彼女の手は、とてもか弱い力のはずなのに、何故か酷く重く感じる。この誰もいない丸の内口が沈んでしまいそうなほど。
 ああ、魚の夢のままだ。淡い紫の宇宙の中でひらひらと泳ぐ細い魚。僕の大切な良し悪しを勝手に分けて、悪いモノだけを咥えて捨てていた。
 広い宇宙。そこにぽつんと残るのは彼女だけ。悪いモノとして捨てられていたのは、僕自身だけだ。
 自覚していたつもりで、避けていた事実。
 こんな悪癖塗れの僕といれば、彼女は幸せになれない。
「行こう、宴はまだまだ続くよ」
 無邪気にも残酷にも、僕の袖は掴まれたままだった。この小さな手を乱暴に落とせば終えれるのに、そんな簡単なことが出来ない。それもそのはずだ。今までだって僕は甘えてきた。遠慮することをせず、一歩も引かない図々しさで生きてきた。
 このまま宴の酒に溺れることが出来るのなら、どんなに良いのだろう。
 だけど、そんなことは許されなくて、僕はこの慣れた幸せを締めなければならない。
 酒も〈縁〉も、とっくのとうに、腐っていたから。
 

 

 

 


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〈 酣 〉
〈 袖 〉
〈 鯊 〉