kurayami.

暗黒という闇の淵から

誰でもない唯一お前に捧げる

 これは〈誰でもない唯一お前〉の話だ。
 運命とは決して、お前が選んだ積み重ねの果てでは、ない。世界の決定事項でしかないのだ。避けられない時の定め。お前の死も生も運命として決まっている。〈母胎の顔〉と〈棺桶の柄〉を選ぶことなどお前には不可能だ。だが、心を堕とし嘆くことはない。全ての〈誰でもない唯一お前〉がそうなのだから。
 ならば、運命への過程を、お前はどう選択する。
 お前はどのように、不恰好に歩いてみせるというのだ。
 戯けて笑うか。全てを隠して死んだフリをするというのか。
 間違った選択など存在しない。しかしお前の在り方にはきっと問題はあるのだろう。例えお前が、世界規模で崇拝される聖人だとしてもだ。立ち止まって見上げた灰色から明日を選択をするというのなら、お前は雲でしかない。目を奪われた花々の色と香りから感情を選択するというのならば、お前は蝶でしかないのだ。お前はお前であると言えるのか。お前とは何だ。〈なれやしないモノ〉を探し続けるお前は、間違ってなんかいない。
 選択の連続を自覚しろ。一年に一回。一秒に一回。お前は必ず選択をしている。度々重なり起こり続けている運命と運命の隙間に。辺りを見渡して見ろ。連なる運命下での舞台色は〈白色の悲劇〉か、それとも〈黒色の喜劇〉か。その答えは死の瞬間にしかわからないのだから、やはりお前は選択を続ける他ない。自覚しろ。お前は自身の色を塗り替えられることを。
 変わることを恐れるな。どうせ運命は変わらない。転ぶなら派手に転べ。立ち止まりたいのであれば、首を絞めて息を殺せ。お前の手に届く選択は一回に二つではない。選択は無限の海だ、限界などない。選べ、進め、時に止まり〈死んでみろ〉。お前は〈誰でもない唯一お前〉だ。安全策ばかりを選ぶのであれば、お前にきっと後悔はないのだろう。
 お前の選択の道を見せてくれ。どんな世界を創り上げるというのだ。甘味地獄を選んで何を見る、何を頬張る。苦味天国で何を得る、何を吐き出す。何度も言うが、間違った選択など存在しない。甘味を選ぼうが苦味を選ぼうが、必ず世界はお前がお前たることを示し続ける。せめて見落とすことなかれ。すぐに飲み込むことなかれ。味わえ。夢心地も堕落も堪能する権利がお前にあることを忘れるな。
 ああ、選ぶことはお前にしか出来ない。それだけがお前の救いだと言うのだろう。
 別に間違ってなどないさ。お前の言うことなのだから。
 さあ、
 酸いも甘いも、全てお前次第だ。

 

 

 

 

 

 

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〈 酸いも甘いも 〉お前次第。

蠢めき

 私は人を個を見れず、全体でしかモノを見れない。
 だから、求めるのであれば、自ら前に出てきて。
 大通りに出るまでの冬の登校路が好きだった。後ろめたい住人ばかりが住む近所はとても静かで、黒ずんだコンクリートの前に並ぶ植物たちは濡れていて可愛い。空は青くて高い日もあって、灰色一色の日もある。青くて透明な朝。冷たさは私の頬を傷付けることなく、ちりちりと追い詰めている。でも、それも大通りに出るまでの短い間だけ。
 高速への入り口も近い大通りは、たくさんのトラックが騒がしく走っていた。歩道には私と同じ制服を着た大勢が一個の生き物みたいに、トラックに負けない騒がしさでうねりを作って歩いてる。
 ここからが、私にとって外の世界。
 中身が無さそうな会話が飛び交っていた。悲しそうな雰囲気は微塵も感じられない。朝はとても悲しい時間だと思っていたけれど、やっぱり違うのかしら。朝って、昨日のことが無かったみたいに、冷たくて明るいじゃない。人も朝になってしまっているの? ううん、きっとみんな隠してるだけ。そうだと思わないと、気が狂いそう。
 なんでわざわざ、哀しいことを隠して、無理して〈楽しい私〉を演じているの。もしそれが秩序のためだと言うのなら、救いが無くて哀しくて、馬鹿馬鹿しくて切なくなる。でも、良かった。私は私だから、貴方たちなんかとは違う。悲しければ涙を流して泣くし、手の出したいものには触れるだけ。貴方たちみたいに秩序ごっこなんてしないわ。だから仲間ハズレでも結構よ。
 人はみんな、道化みたいに蠢動するのが好きなのね。
 この賑やかな教室の中で、一体何人が親しい者の死を昨日経験しているのかしら。そうやって笑ってばっか。人の目を気にしてそれが自然だと信じている。私はこの教室の何を、見せられているの。縋ること手を伸ばすことを知らなさそうな顔をして、少し怖い。それは、私もそうだけれど。
 窓際に目を向けると、こちらを見ていたであろう一人の男子が慌てて前を向いた。少しだけ伸びた前髪を意味もなく触って気にしている。ああ、そういえばあの子は、この前の。先週金曜日の夕方、図書室で泣き腫らしていた子だ。
 夕陽が差し込む輝きの図書室。あの子は私が近付いても、しばらくぼーっとしていた。覗き込んでやっと気付いたあの子は、美しい涙を一筋流して「たすけて」と懇願する目をしていた。
 でもすぐにハッとして、逃げて行ってしまったの。ねえ、今もまだ、懇願したいと思っているのかしら。
 たすけてとちゃんと言えたら、私が至情をあげるというのに。
 でもあの子には、無理な話ね。人だもの。

 

 

 

 


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〈 蠢動 〉
〈 懇願 〉
〈 至情 〉

古代都市と信号

 乾いた喉の刺激で、俺の意識は目覚めた。
 目に見えるのはぼんやりとした黄土色の景色。これは、最後に見た記憶の色と食い違っている。俺は確か……冬になったばかりの日中十二時、会社前のやけに長い信号を待っていたはずだった。数十分後のミーティングに間に合うか焦っていた気持ちも、今も少しだけ残っている。気がする。
 しかし、今思えばあれは、数世紀前の出来事だったか?
 一歩を踏み出すことができた。確かな土の感触。頭上に見える太陽はやけに大きく見えて、肌に熱を与えている。現実と言うには不可解過ぎて有り得なくて、夢と言うには出来が良かった。言うならば現実を孕んだ夢とでも言うべきなのかもしれない。
 踏み出すごとに、ぼんやりとしていた景色が明確になってきた。高く滑らかな岩の壁が両際に並んでいる。道は目の前にある岩に挟まれた渓谷の道だけらしい。記憶に何も無い景色だが先へ進む以外、選択肢は無いと思った。
 頭上に存在している太陽のおかげで、渓谷の道へ入っても相変わらず暑いまま。救いと言えば通る風ぐらいだろうか。これも鋭い砂埃が無ければもっと良いのだが、贅沢は言ってられない。夢であれ現実であれ俺は迷子なんだ。
 子供の頃、夢に見る世界は、端を目指して歩けば全て壊れて眼が覚めるのだろうと信じていた。見せられている夢は世界の中心しか巧みに創られていない、想定されていない動きをプレーヤーにされたらバグが発生する。そんな考えだ。だから……どうだろう、この景色にも限界がある気がしてならない。ずっと歩き続ければ、何処かで終わりを迎えるはずだろう。
 歩き続けていると、足が引っかかったように重く感じた。足元を見ると、水。いや、これは……海だ。波が引いて、押すことを繰り返している。白い泡が端々に見えていた。いつの間に海が満ちたというのか。
 振り返ると、渓谷の外側に黒と深藍色のグラデーションが奥の方まで続いている。景色としてはとても美しくて、しかし、手招いているようにも見えた。〈死の海〉という言葉が頭を過って柄にも無く恐ろしくなり、俺は渓谷の隙間を、海の上をザブザブと走り出す。
 〈死の海〉は徐々に迫っていた。前を向けばずっと続いていた渓谷の隙間の向こう側に、景色の変化が訪れた。
 古代都市を連想するような岩の建物。
 まるで救いそのモノの、ような。
 助かりたい一心で、俺は古代都市目掛けて走り出すが、海が足に纏わりついてうまく進めない。
 それどころか渓谷は狭くなっていき、俺の身体は拘束されていく。
 見上げれば太陽はさっきより近付いていた。
 手を伸ばせば捕まりそうな程に。
 異様な熱さ。
 風と共に巻き上がった灼熱のフレアが、俺を足からどろりと溶かした。
 頭だけが残り、一瞬残った首で辺りを見渡せば、
 〈死の海〉も古代都市も近付いている。
 海に落ちた俺の頭が見たのは、信号の赤のような、太陽。

 

 

 

 

 

 

 

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〈 フレア 〉

〈 ペトラ 〉

〈 タイト 〉

おやすみキャンセル

 ふとした予感に顔を上げて時計を見ると、長身と短針がゼロの下で重なっていた。二十四時。窓の外が一瞬そわそわして、私の胸にすぅと風が通った気がする。家族たちはとっくのとうに寝静まって、知らずのうちに明日を迎えていた。
 私はまだ、今日に残るけれど。
 ずっとずっと、些細な夜更かしを止めれないでいる。元々この時間の住人ではなかった。日付が変わるのを、微睡みの中で微かに知る程度だった。それが大好きな彼とやり取りを始めて以来、期待して眠らなかった日々の癖が取れなくて、止めれない。
 静かな部屋は私だけのモノだ。だけど、何をするだとかは思いつかなかった。無音。私がジッとさえしていれば、音の立たない空間は〈全部が終わってしまった事〉を無理に肯定してるみたいで怖くて、思わずイヤホンで耳を塞いでしまう。
 大好きな彼はもう、私の夜には帰ってこないのでしょう。
 シャッフルで適当な一曲を流し始める。これは……とても長いイントロの曲だ。私が中学生のときに友達から教わった曲。長い一日の歌。この機械に入ってる曲の思い出は全部覚えている。いつ頃出会っただとか。何をしていたときに、直前直後に聴いた、だとか。もちろん歌詞もメロディも。
 だから。だから、というわけではないけれど、私はAメロが終わる前に次の曲へと飛んでしまう。聴いた気。それに、たくさんの曲を聴きたいから。私だけの夜ならば、せめてイヤホンを通して賑やかでありたい。早送りで眠気を引きずり込んで欲しい。
 この夜は確かに、彼がいた。それは不協和音な携帯の文字列の中や、イヤホンマイクの耳の中に。飽きることなく寄り添った夜は続いていた。届く彼の声、言葉。触れたいと願う寂しさを除いて、私は満たされていたんだ。
 でも、寄り添いの夜を絶ったのは、この夜の外でのこと。
 曲を飛ばし続けていた指が、ある曲で止まった。ピアノだけのイントロが始まり、終わって、ゆっくりと男性の歌声が入ってくる。ああ、これは彼が教えてくれた、あの。深夜中央線に乗った私に纏わりついた、呪いの曲。
 最後の夜。改札に入った私を、彼は追いかけることはなかった。一人子供のように、選択肢を見つけれないみたいに泣きそうな顔で立っているだけだった。もう私からは何もしてあげれなくて、望んだシナリオが思うように動かなかった暗い記憶が蘇る。
 曲はAメロを越えて、Bメロへ。時刻は二十五時になろうとしていた。
 この時間は、君とおやすみをしていた時間。
 曲がラストサビへ入る静かな盛り上がりを見せる頃、私は静かに夜を止める。

 

 

 


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〈 Aメロ 〉
〈 25時 〉

 

懸河の酒

「さあ、さあ。お父さんの旅立ちに乾杯しようじゃないか」
 紅い光が微かに反射する薄暗い酒場の奥。酒気を匂わす涙目の女と、黒サロンを腰に巻いた白シャツ店員の男が、木製の机を挟み対峙していた。
 机の上に置かれた二つの小さな黒い器。中の透明な酒が、静かな揺らぎを見せている。
「あの、これは……」
 生気が見られないような焼かれた声を、落とすように女が呟いた。
「僕からの祝杯さ。もちろんお代は気にしないで」
「祝杯、ですか」
 他に客の見当たらない酒場の中で、店員の男は姿勢を崩している。適当に捲られた袖、いつもより一つ多く開いたシャツのボタンが、女には店員のスイッチを切り替えているかのように見えた。
「そう、祝杯。何も死んで〈消えた〉わけじゃない。死んで〈旅立った〉のさ。このアレな世界からね。モノは考えようだろう?」
 これは、そんな簡単なことだろうか。女がそう考えて目線だけ上げると、そこには影のかかった男の顔の、紫がかった唇だけが目に入る。
「私、弟ばかり見てて、父に何もしてあげれなかったんです。家族だと意識することもずっと無くて、失って初めて、それで……」
「うん」
「ならせめて、想い願うだけ、でも」
 女が消え入るような声でそう言って、重くも軽くも感じられる器を手に持った。その様子を見て店員も指先で器を持つ。
「お父さんに、乾杯」
「父に、乾杯」
 二人は同時に、器の中身を一気に飲み干した。味は女にとっては苦くて、強い方。しかし引っかかることなく喉を通り、まるで洗い流すようで。
 女は酒に、飲み込まれる。
「……ああ、私、なんか。なんだか今、哀しかった」
「なんだか哀しかったんだ?」
 店員は女を見て、へらっとした顔で笑いかける。
「何が、哀しかったんだい」
「なんだっけ」
 何も思い出せない女は可笑しくなって、同じようにへらっと笑い返した。
 それからというもの、女が父親の存在を思い出すことは無い。
 女の中で「父は産まれる前に失踪したでしょ」と何も疑うことなく事実に改変されていた。周りも父親が亡くなったショックのあまりに記憶を失ってしまったんだと嘆くばかり。
 四年後、女の母親が病気で亡くなった。父親が亡くなった時と同様に酒場に訪れた女は、あの店員から黒い器を祝杯として再び手に持つ。味は何処か甘くて、やっぱり酒の度数は強く、それでいて喉に引っかかることはなかった。女は再び酒に飲み込まれ、母親の存在を忘却する。
 母親が亡くなって、二年後。女にとって最後の家族である弟が交通事故で亡くなった。もはや酒場に向かうのは無意識になっていた女は、流されるがまま、求めるがまま、黒い器を再び手に持ち飲み干す。柑橘系の酸っぱい味。強い酒は引っかかることなく、女の喉を通っていく。
「ああ、私は最初から、一人だったね。一人だったよね」
 一人酒場に、確認するように、泣いて呟く。
 そこにはもう誰もいなくて、女の記憶の中には不健康そうな弟の記憶、一人だけ。

 

 

 

 


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〈 祝杯 〉

ドライフラア

 僕が幸せになることは、この先ないんだ。
 学校内に佇む憧れの貴女は、どこまでも遠かった。その存在はまるで美しい虚無そのもの。僕が手を伸ばしても空を切るみたいに掴めない。薄く青い隈が出来た眼差しは、きっとこちらを見ることはなかった。僕のことなんて知らないだろうから。それでも、叶わないとわかっていても、視界の端で歩き揺れる黒髪をいつも目で追ってしまっていたんだ。
 恋心からの憧れと、美しすぎるあまりの……畏怖。
 遠く廊下の果てに見るだけで僕は満足出来ていたはずだった。
 しかし過去の話。たった半年前のことなのに、前世のように昔に感じる。あの日から世界が変わってしまった。貴女と〈おともだち〉になってしまってから、随分と。公園で一人落ち込み項垂れていたとき、貴女が声を掛けてくれたときは夢のようで信じられなかった。気持ち悪がられないように、常識人のように、澄ました顔で会話をするので精一杯な僕に、貴女は妖しく微笑みかける。安らかな微睡みに触れておかしくなってしまいそうで、いやきっと、おかしかったんだ。今も。
「私はお前のことを好きにはなれないけれど、良い〈おともだち〉でありましょう」
 そう言った貴女の、いたずらな指。僕の首を気まぐれになぞる指。
 たった一回。たった一言だけ望んだ「お前は私に触れてはいけないよ」という条件付きの貴女の言葉に、全てを束縛されてしまった。拒否する選択だなんてあるわけも無く、恋心を否定されたまま籠に入れられて、何も許されない。僕の恋の夢はもう、叶わない。そんな絶望も側に居れる希望に麻痺して、後に背筋を這う不幸に気付けないでいる。
 貴女に軽く触れられるたびに、僕の中で何かが咲いては壊れていった。それが何かわからなくて、無性に苛立つ。そのうち触られるのが恐ろしいと感じるようになって、だけど拒むことを出来ない。貴女と「またね」をして家のベッドで怯える日々が続いて、いつしか気付いたのは〈触れ返したい〉という〈欲望〉が、僕の中で沼のように広がっていること。
 ああ、気付かなければよかった。
「どうしたの?」
 冬の陽が差し込む公園。あの日に咲いていた花たちは、乾き枯れ果て、花壇の向こう側に並んでいる。貴女はというと隣に座って僕の耳を気まぐれに指先で触っていた。
 首を傾げる、無邪気で妖しい、笑み。
「なんでもないですよ」
 そんな憎らしい貴女に、諦めの声を振り絞る。
 欲望の生誕と玉砕を繰り返して。幸せになれない。

 

 

 

 

 

 

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〈 憎い 〉
〈 なんでもない 〉

 

神住まう水族館

 私は〈すいぞくかん〉と呼ばれる村に住んでいる。
 不思議なことに、この村には人よりも魚などの動物の方が多い。空もなんだが狭くて白い壁ばかりだ。私のような年頃の少女にはちと退屈すぎると、最初のうちは当惑していたものだが、意外と世話係の者たちが面白くて退屈していない。
 数百年住んでいた海から離されたことも、悪くない程に。
 というのも、最近の流行りとやらを世話係の者たちが教えてくれる。テレビと呼ばれる箱の中にはアイドルと呼ばれる偶像がいて、人々はそれに夢中なのだとか。「真似ると可愛いですよ」と教わった。可愛いというのも教わったぞ。悩殺術が発展し続けているいるとは、人はやはり変わらないな。幾つが教わったが……両拳を頭に重ねて舌を「ぺろり」と出す仕草が一番反応が良い。私の十四歳の少女姿と相性が合うらしいな。今度気持ち悪い客人たちに見せてやろう。
 そうだあの白い客人ら。この見えない壁が無ければ痛い目に見せているというのに。毎回覗き込むように、あの気持ち悪い黒目でこちらをまじまじ見るじゃないか。だが、だがあの中の一人だけは違う。澄んだ黒目の青年だ。あの青年は見るだけでなく語りかけてくる。一応私も端くれとして明確な質問の答えは避けているが、あの様子じゃ人々は〈海の正体〉を何一つわかっちゃいないらしい。まあ客人たちは気持ち悪いが、あの青年と話すのは面白いから良しとしようか。
 つまり、なかなか充実した生活をしている。まほろまほろばだ。唯一趣味の蟹集めが出来ないのが不満とも言えるが、娯楽に加えて食まで提供してくれるので問題ない。海にいた頃は数年に一度ぐらいだった食が、それが今じゃ一月に一度となったのは非常に喜ばしいぞ。
 私好みの男子ばかりを用意してくれるからな。
 儀式なんて行わず、四肢のある状態で出してくれる。なんて素晴らしい場所かと感動するばかりだ。私は何も話すつもりはないが、居るだけで何かわかるなら是非使ってくれ。ほれ、今日も私の食が来たぞ。一体どんな好男子か……ああ、何処かで見た顔だと思えば、貴方は白い客人の青年じゃないか。一体どうした。傷だらけじゃないか。誰にやられた。傷ついた食とは感心しないぞ。
 ん、なに。どうした。……ほう、こうなることを望んでいたのか。私に食われたかった……と。貴方は随分と変哲な変わり者だな、それに少し照れるじゃないか。痛みはないぞ。「ぺろり」と食って見せよう。
 ああ、大丈夫。この密かな喜びは、私たちだけの秘密だ。
 

 

 

 

 

 

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〈 ぺろり 〉
まほろば 〉
〈 ニゲラ 〉