kurayami.

暗黒という闇の淵から

ロード

 遠く、遠く。

 男は煙草とライター、携帯と財布を持ち玄関を出た。それは、真冬の星空が澄み渡る深夜のこと。男がその満天に気づくのは、家を出て随分と経ってからだった。行く宛のない男は、街を横切る甲州街道を目指す。
 深夜テレビを付けて、煙草を吹かして、ぼーっと部屋の照明を見ていた男は、ふと虚無感に襲われた。それに気づかないフリを必死にして、外の闇を求めた。
 考えないように、考えないように。男はポケットに手を入れ、猫背に歩く。
 満天の星空が綺麗だなんてことに、遠いなんて気付きたくなかった、と思って。
 考えているうちに、男は甲州街道にぶつかった。深夜三時、その大通りは人も車もいない、孤独な道。
 果てしなく、長く続く一本。男は、その先の答えを欲し、その道を西に歩み始める。冷静に極められた、その空気の中を。
 男は遥か遠くを、常に見ていた。しかしその視界はぼんやりとしていて、何を見ているのかはわからなくなっていた。ただただ、遠くを見つめて、具体性を持たない、それに手を伸ばし歩き続けた。
 一秒ずつにしか進まない世界の中で、男は未来を求め、遥か先を眺めた。そこに描く幸せ、まだ見ぬ希望。それは、未だ実体を持たない時間。
 一秒すら戻ることのない世界の中で、男は過去に抗い、彼方を悔いた。あの時、あの場所へもう一度、拭いたい絶望。それは、永劫崩れることがない時間。
 果てしない景色を、男は見ている。目を離せないでいる。
 眠りについた甲州街道沿い。男は無人の喫煙所に当たった。ポケットに入れた煙草を取り出そうとして、引っかかったライターがコンクリートの上に落ち、静寂の中に音を一つ彩り、消えていく。
 男は無言でしゃがみこんで、指先でライターを拾う。立ち上がったとき、下向きに見ていた景色が変わった。
 山々のシルエット、その先には星空と、微かな暗雲。
 煙草に火を付け、ぼんやりと男は考えた。
 未来の希望も、過去の絶望も、男には、はっきりと見えていない。ぼんやりと見えるそれは、もはや色彩の確認に過ぎない。
 煙草の灰が落ちる。男にとっての折り返し地点はそこだった。道を引き返す他にない。
 この道の先、この先の時間。男は拭いたい過去も、求める未来も必ず得ることはできない。
 果てしなさは、陽炎のように揺らめく幻、一等星の輝きを持つ星の実体。
 それは暗い暗い道標。ぼやけた景色を求め、歩み続けるこれからの時間。
 男の願いは、永遠に叶うことがない、その虚無感に、男は永遠に、気づかないフリをして。

 果てしない、この道の上。

 

nina_three_word.

〈 果てしない 〉