kurayami.

暗黒という闇の淵から

玉響な少女

 今でも思い出すわ。あのいたいけだった頃のこと。
 いたいけを奪われた、ときのことを。

 あれはね、森の胡蝶蘭が開花する前のことだった。高等学校に入学した私は、すぐに、その男を知ったの。一つ上の学年、背が高くて、生徒会役員の書記をしていたかしら、世の中にはこんなにも綺麗で美しい人がいるんだ、なんて感動したのを覚えてるもの。
 藤取先輩。私は話すことなく、ずっとずっと、遠くから、芸術作品を眺めるように見ていたわ。全校集会になれば先輩は生徒役員として、端に並んで目立つから。それだけじゃなくても、放課後によく見かけていた。そうやって追いかけることが、恋なんだって気づくのに、半年もかかって、秋には私から探すようになったの。藤取先輩は、一人でいることが多かった。まるで、何かを待ってるみたいに。
 夢にまで見るようになって、私はきっと、あのときが一番少女だった。先輩の幸せを考えて、私が先輩で幸せになることを考えていた。そんな矛盾を抱えて、それに気づかず、日々混沌とした純粋無垢な恋心を持っていたの。
 少女だった私は、それを秘密の園として、永遠に隠すつもりだったわ。……ええ、そうね、そのときの私は、いつまでも〈私〉でいられるって信じていた。
 だけど、それを暴いたのは、他ならない先輩自身。
 三月上旬。生徒会の手伝いが必要だって先生に呼ばれた私は、生徒会室に向かったの。そこには、先輩しかいなかった。風邪だったか、なんだったか、他の役員の代わりに私。とにかく先輩と話せるってことが嬉しくて、そんなことは気にしなかったわ。私は変だと思われないように、必死に必死に、普通でいた。卒業式に使うという箱を、先輩と一緒に体育館に運んだの。たった少しでも関われて、それだけで私は幸せだった。
 作業が終わって、私は生徒会室に荷物を取りに戻った。帰るとき、先輩も生徒会室に戻ってきたの。私は、私は何か言わないとって思って、今日は話せて良かったです、って伝えたわ。そしたら、それが火蓋みたいに、先輩が私に近づいて、あっという間に。
 先輩は私を優しく抱きしめて、耳元でいろいろな質問をした。恥ずかしかったけど、その甘い声に私は逆らえなくて、私が日々想っていたこと、全部吐かされたわ。その声が、今でもお呪いのように頭に残ってる。きっと、こうして記憶に残すこと、そして、つぼみだった私を開花させる呪いだったの。
 私が、少女を終えることと引き換えに、数多の快楽を先輩から教えられた、植え付けられた。先輩の声、指、力、言葉。
 夢と地獄のような時間はあっという間に終わって、先輩は果て、一言呟いて、帰っていった。
 それ以来、私はまた同じ立ち位置に戻って、少女は死んだ。先輩との未来を迎えずに。

 それは、たまゆらだった。いたいけだったあの頃、終わる時。
 そのたまゆらが、今も私にお呪いを残して、つぼみに戻りたいと願うの。

 

 

nina_three_word.

〈つぼみ〉〈たまゆら〉〈いたいけ〉〈おまじない〉