kurayami.

暗黒という闇の淵から

ソウルプロット

 雨が上がって、まだ間もない公園。正確には、雨が今だけ止んで、曇り空の隙間から青空が覗く、晴れ間の公園。俺は屋根付きのベンチで、雨宿りをしていた。
 今のうちに帰ろうと、ベンチを立った時。その男は〈雨の隙間〉から抜け出したかのように、俺の前に現れた。
「やあ、雨宿りしてたのかい」
 そいつはぼさぼさの癖っ毛に、おっとりとした垂れ目の顔、涙黒子が目立つ白い肌。痩せ細った身体に、伸びきったボーダーのシャツ。黒いジーンズを履いている。片手にはビニール傘を持っていて、それ以外は何も持ってなさそうだった。何より、俺と違って、高い背。歳は五つぐらい上に見える。
 初めまして。そう挨拶するには、違和感があった。
「ええ、まあ、雨ならもう止みましたけど」
「またすぐ、降ると思うよ」
 空を見れば、そんな言葉が嘘だとわかるほど、青空を見せている。
 そいつはふらっと歩いて、羽根が落ちるようにふわっと座った。
「その、良ければだけど、僕とお喋りでもしれくれないかな」
 普通の人なら警戒する所だろうだが、俺は外への刺激を求めて歩いていたわけで、その申し出を受け入れることにした。
「大丈夫ですよ」
「有難う。ああ、隣どうぞ」
 そいつが少し大袈裟に横にずれて、俺はそこに座る。
「僕ね、まあ、占い師なんだ」
「えっ、俺金持ってないっすよ」
 そういうことかと、一瞬身構える。
「はは、大丈夫。君がお金持ってないのはわかるから」
 失礼な奴だった。
「占い師ならではの、観察眼……ってやつですか」
「んーまあ、そんなとこだ。君もなかなかみたいだけどね」
 そいつは、見透かすような垂れ目で、俺を見た。
「それでどうかな、僕の練習がてら、占われてくれないか」
「ええ、良いんですか」
 そのとき、何故か俺は、そいつの占いがとても気になっていた。期待を、していた。
「ああ、もちろん。ただし、僕が見るのは君の将来のヴィジョンだけだ」
「知れるなら、知りたいですね」
「うん、よし。そうだな、君は」
 そう言って、そいつは俺から視線を外して、まるで何かを思い出そうとするみたいに、空を見た。こういうとき、占い師は対象を見るものではないのか。
「今、いくつ?」
「十九です」
「そっか。じゃあ、この前別れたばっかの人が、いるんじゃないかな。まだ諦めていないみたいだけど、絶対無理だから諦めなね」
「えっ、ええ」
 予想以上に的確な指摘と、絶望的な助言に間抜けな声が出る。
「ああ、ごめん。言葉の綾だ。正確にはその人以上に良い人が現れるから、その人を想い続けることが無理ってことだよ」
「あ、ああ。本当ですか?」
 あの人以上の人が、現れるというのか。
「恐らく。ふむ、そして君は二十一で一度死ぬ」
「死ぬ……」
 一つ指摘が当たっているだけあって、少しビビる。
「これも言葉の綾だ。ごめん。正確には今の君は生まれ変わるように、人が変わるんだ」
 また言葉の綾。
「それは良いことなんですかね」
「どうだろう。今の君に判断出来るものではないよね。それを判断するのはそのときの君だからさ。でも、たぶん、後悔しなさそう。君はそういう子だろう?」
「確かに、そうかもしれないですね」
 確かに。俺は過程よりは、結果の方が大事かもしれない。
「そして、そうだなあ。二十二で人生を決定的に変わる事が起こる。君には明確な選択肢を与えられるだろう」
 そいつは空を見続けたまま、真剣な声を出した。
「幸福か、変化か」
 俺はそいつの言葉の続きを待つ。
「まあ、これも言葉の綾だ。幸福だろうが、変化だろうが、どっちを選んでも君は君の運命を辿るにすぎない。胸を張って選択するがいいさ」
「言葉の綾、多いですね」
「癖なんだ、つい誤解されてしまう」
 そいつはそう言って、乾いた笑いをした。
「あの、質問なんですけど」
「なんだい」
「次に現れる俺にとっての良い恋人って、どんな人ですか」
「それは、知らないなあ」
 意外な返答に、俺は拍子抜けする。
「君の新しい恋人も、新しい君も、人生の選択も、僕には何かわからないのさ。魂というのは骨があるだけで、肉付けをするのはその魂の人格だからねえ」
 そいつはベンチを立った。
「僕にわかるのは、君のこれからの、六年間の骨組みだけ」
「六年間……」
 俺はその時、そいつの正体がなんとなく、わかった気がした。
「さあ、僕はそろそろ行くよ。お喋り、有難うね」
 そう言ってふらっと、屋根の外へと出て行く。
 ふと、ベンチに、そいつが置き忘れたビニール傘が目に入った。俺は届けようと、傘を片手にベンチを立つ。
 次の瞬間、豪雨が、降り注いだ。
 そいつは何処にも、いなかった。
 きっと、もう、この世界にはいないのだろう。

 

 

 


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〈 言葉の綾 〉

〈 先見の明 〉