kurayami.

暗黒という闇の淵から

蔑ろにしないで

 東京都世田谷区、古いマンションの最上階、空き部屋に挟まれたその部屋。
 男が、最後の段ボールを片付けた。新居に積まれていた段ボールの小山は無くなり、男の私物と趣味に溢れた男の城が出来上がっている。
 男はリビングに立ち、周りを見渡した。小物の配置が気に入らなかった男は、位置を再度調整し違和感を無くしていく。最後に、立ち鏡の位置を廊下へと続く扉の横に立て掛け、男は満足した。
 一息ついた男はリビングの椅子に座る。男は何度も自分の新居を見渡し、落ち着かない様子と共に、自然と口角が上がっている。
 一先ず珈琲でも入れようかと立ち上がったとき、男のスマートフォンが鳴った。
 ディスプレイに表示されたのは、男にとって元交際相手だった、女の名前。
「はいはい、もしもし」
『もしもーし、引っ越し終えた? あ、取り込み中?』
 通話越しに、女は陽気な声を発している。
「いや、今ちょうど暇になったところ」
『おおーお疲れ様。いやね、暇だから電話しただけなんだけど。どう? 都会は慣れた?』
「あーいや、まあ、まだ一週間しか経ってないけど、都会はすごい」
 男は携帯を耳に当てながら、煙草とライターを手に持ちベランダへと向かう。
『いいなあ。アンタが行ったからさあ、もうこっちには遊ぶ相手がいないったらなんの』
「なんだよ、寂しいの?」
 ベランダには、夜の静かな空気が広がっていた。男はライターを手で覆い、煙草に火を付ける。
『うるせーうるせー』
 女は過度に笑って言い、男は返答に困り黙った。
『あー……そういえばさ、玄関に財布置く癖、やめときなよ? アーバンライフは物騒だって聞くし』
 女の「私は知っている」と言う態度に男は少し苛つくが、男は黙って会話を続ける。
「んん、まあ。気をつけ」
 ごと。
 そのとき、男は物音で振り返った。
『どうしたの?』
 音は、中からだった。
「ああ、いや、なんでもなかった」
 男は煙草を消し、なんでもないを装って中へと入っていく。
 先程と同じように男がリビングに立ち、周りを見渡すと、玄関へと続く廊下の先、靴箱の上に置いてあった財布が、落ちているのが見えた。
『にしても、本当に羨ましいなあ。ねえ、彼女とか出来た?』
 男は財布を再び、靴箱の上に乗せる。
「ああ、良さそうな人ならいるんだけど」
 通話を続けながら、男はリビングに戻る。
 がたん。
 玄関が、閉まる音。そして、また風が入る音と共に、開く音。
『ええーもういるんだ』
 がたん。がたん。がたん。
 男はすぐに玄関へと駆け寄り、玄関を開く。しかし、そこには、薄暗い廊下が続いているだけ。誰もいない。
 ふと男は、部屋の中から風が流れ込んでいることに気付いた。
 ベランダの戸は、開けっ放しだった。
「なんだ、風か」
『何が?』
 また女が、過度に笑いながら言った。
『まあ、なんでも良いけど、パーティ中だったのに電話掛けてごめんねー』
「パーティ?」
 男が、女の言葉に疑問を持つ。
『なにって、通話越しでもわかるよ。新居パーティかなんかしてるんでしょ? 騒ついてるの、すごく聞こえるし』
 男は、横にあった立ち鏡を静かに見た。その狭い鏡に映るのは、男一人だけ。
『さっきからずっーと。ねえねえって、しこい女の人いるじゃん。はやく構ってあげなって。んじゃその人にも悪いし、そろそろ切るよ、またね』

 

 

 

 

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〈 玄関 〉

アーバンライフ

〈 ないがしろ 〉

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