kurayami.

暗黒という闇の淵から

胃の中の余命

 医師に余命四年を宣告されたとき、僕は「まだ結構あるな」と感じた。
 長いようで、短いような。そんなことを考えながら、彼女との待ち合わせ場所に向かう。「死んだりしたら駄目だよ、約束だからね」そう、彼女が言っていた から重要なことだと思って、告げる場所は静かなカフェを選んだ。
 僕の余命を聞いた彼女は、大粒の涙をたくさん流していた。僕の感じた時間の長さとは、全く反対のものを感じたらしい。僕は「これからの時間は、全部貴女に振るから」「たくさん思い出作ろうよ」「ずっと側にいるからさ」なんて言葉で彼女を慰めて、全部「当たり前でしょ」と返されて困り果てる。こんな時でもデザートで機嫌を取ろうとする僕に彼女は呆れて、遂に落ち着いた。
 僕の慰めの言葉通り、これからの時間は全部彼女に捧げるつもりでいた。死に損ないような人生を送る僕を大切にしてくれて、僕の微妙な余命をアイスコーヒーの中の氷が溶け切るほどの間哀しんでくれるような彼女を、僕は愛していたから。
 一年二年、三年と大切に過ごした。毎晩彼女は時間に麻痺することなく、僕を離さないように抱きしめて寝ていた。そんなことをしても僕は離れてしまうのに。
 そんな彼女を心配に思う。
「ねえ、僕が死んだ後、貴女はどうするんだい」
 夜中、僕を腕の中に入れていた彼女に聞いてみた。彼女は思案して、すぐに嗚咽を漏らし泣き始める。
「どう、しよう……」
「ごめん、ごめんって」
 僕は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「うう、どうしよう。死んじゃう……うーん、ううん……んー、じゃあ……食べることにする」
「食べる?」
「うん、どうせいなくなるのなら……せめて貴方のことを食べるの」
 その発想はなかったな。
「本気?」
「……うん、本気」
 驚いた。彼女に確認して本気だと言う時は、本当に本気のときだ。僕はどうやら食べられてしまうらしい。
「でも、全部食べるの? 腐っちゃわない?」
「あ、あ、確かに……どうしよう」
 また彼女が泣き始めてしまった。僕はそんな彼女がとても可愛くて、強く抱きしめる。
 それがもう、半年前の話。
 僕の死がそろそろ見えてくる頃になった。僕は眠る彼女の頬にキスをして、一人家を出た。
 県道を車で走らせ着いたのは、人気のないダムの駐車場、彼女との思い出の場所。置き手紙をあるんだ、きっと彼女はここに辿り着けるはず。
 さあ、もう終える時間だ。
 車の中、僕は練炭に火を付けた。効果があるかはわからないけど、これで僕が燻製されて、腐りにくくなれば良い。そして、安らかに死ねたら、それで良い。
 弱虫なんだとても。彼女と過ごしているうちに、終わりを待つ時間がとても怖くなった。気が狂ってしまいそうになる。振り返ってみれば四年は恐ろしいほど短かった。
 きっと自身の余命を最後まで待てなかったことを、彼女は酷く怒る。そして泣くんだろうなあ。でもそれは、本来予定されていた死を迎えても、彼女は同じように泣いていた。ああ、きっとそうだ。泣いてくれるに違いない。
 少し、早まっただけさ。
 僕はもう、生ある別れに怯える日々を乗り越えて、安息だけの永遠に縋りたい。
 早く、貴女の胃の中に落ちたいなあ。きっと、暖かいんだろうなあ。僕はそんなことを思って、深い深い、眠りについた。
 

 


nina_three_word.

〈 安息 〉
〈 燻製 〉

 

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