kurayami.

暗黒という闇の淵から

異常性

 ねえ、君は私のことが好きでしょう?
 あらあら、隠さなくて良いのよ。私が近所に引っ越して四年、君が恋心に自覚して二年……ってとこかしら。ふふ、大人だから、わかるのよ。でも、なんでわかると思う? ……そういうところよ、君は無意識のうちに、私に尻尾を振って見せていたの。いつも綺麗で曇りの無い目で私を見上げていて、可愛いわね。
 今度はどうしたの、哀しそうにして。もしかして失恋したと思ってるの? 駄目よ。私が拒否しない内は諦めないで。そんな程度の気持ちじゃないでしょう? 十幾つも上の私にずっと恋してたんですもの。君はもっと強くて異常なんだから。誰かと似て。
 まあ、でも。諦めないでだなんて言っといて、私の〈残酷な真実〉を後出しするのは、良くないわね。
 そうね、だから……これから話す、昔話を聞いて、それから改めて君の恋を覚悟してちょうだい。
 もう時効の話。いつか君にも、話そうと思っていた話。
 私はね、元々身寄りのない孤児だったの。お父さんとお母さんは気付いたときにはいなかった、施設の人たちはその訳を教えてくれなかった。それはきっと親切だったと思うわ。それでね、運が悪いことに、私を引き取ってくれる人はなかなか現れなくて、気付いたらもう、十五になっていたの。それが、十七年前の話。
 新しい両親が現れなかった私は、自ら志願して仕事をすることを選んだわ。施設の人と一緒に探して見つけたのは、ノウゼンカズラが壁を覆う大きなお屋敷。そこで私は、家政婦として働くことになったの。
 想像していたよりも、優雅な時間を過ごしたわ。旦那様も奥様も、お婆様もとても良い人で、ああ私ここで家政婦として働くより、娘として取られたかったって、毎日強く思う程に。
 でもそれも二年経って、娘じゃなくて良かったって、思うようになった。
 十七歳、ああ今の君と同じ歳ね。その頃になって「家に子供がいない訳」を知ったの。奥様の身体、子供が出来ないんですって。
 奥様は酷く、自身の子供を欲しがっていた。
 けれど、旦那様は、そんな奥様を見ていなかった。
 男だもの、そういうものなのかしら。それとも私が可愛かったのかしら。旦那様はよく家政婦の私に、イケない手を出していた。私も私で、女として求められるのがとても嬉しくて、それに応えてしまっていた。男を知らなかったが故に。
 そしたらね、私、出来てしまったの。
 旦那様が慌てる一方で、奥様に私たちのことがバレてしまった。
 けれど奥様は、笑顔で旦那様を許して、私にこう言ったわ。「私の子を産みなさい」って。
 私は涙が溢れる一方で、これは、これは名誉なことだって嬉しくなったの。求められ、自身の身体を通して、旦那様と奥様の子を私が世に産み落とせる。身寄りの無かった私には、勿体無さすぎる幸せだって。
 旦那様と奥様の子を産んで、金を持たされた私はすぐにお屋敷を追い出された。名前を変えて、世を歩き回って、今この街にいるの。
 ねえ、ねえ。
 君の家のノウゼンカズラは、この夏も咲いてるのかしら。
 

 

 

 

 

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〈 昔話 〉
ノウゼンカズラ
〈 時効 〉