kurayami.

暗黒という闇の淵から

眠るキャロルの森

 その日の夜は、春以来じゃないかって思うぐらいとっても涼しくて、素足に擦れた毛布が冷たくて気持ち良かったの。
 だから、寝るのにも、そんな時間はかからなかったと思う。
 ただ、いつもと違って、近付く冬を……クリスマスを楽しみに想って、眠りについた。それだけのことだった。
 その晩、不思議な夢を、私は見たの。
 気が付くと、冷たい風と聞き覚えのあるような鳥が鳴く、もみの木の森が私の目の前に広がっていた。
 月明かりだけが頼りの光。もみの木の屋根が暗がりを作ってる。
 私は不安になって、一歩後ろに下がった。でも、どこか懐かしい気もする。何かの準備中のような……そんな雰囲気。
 私は、家のベッドで眠ったはずなのに。
「おい」
 突然の声に、私は小さく叫んで高く飛び上がった。ぐるぐる回って辺りを見渡すと、背の高い猫背のお姉さんが近くに立っていた。
 ママの口紅みたいな色のパーカー。口は布マスクで隠れて、眠そうな目だけがこちらを覗いてる。お姉さん。
「あの、あの」
 なぜか知らなけれど、私は怒られる気がして、言い訳を必死に考えた。
「良い。ついて来て」
 お姉さんはぶっきらぼうにそう言うと、私に背を向ける。悪い人じゃない気がした。この人のついて行くことが正解だと、私は思った。
 私はお姉さんの後ろを歩くのが怖くて、横をついて歩く。見上げてお姉さんの顔を見ると、相変わらず眠そうな目をまっすぐ森の向こうに向けていた。
「あの」
「大丈夫だよ、ちゃんと家に帰すから。そんなことより、あんまりきょろきょろしない方がいいい。食べられちゃうぞ」
 お姉さんの一言は、私に安心と不安を与える。この森には何がいるんだろう。私にはこのお姉さんしか、味方がいないんだと思った。
 私は、そんなお姉さんに気になっていたことを質問する。
「ここは、どこなの?」
「きっと、君がとても楽しみにしてる場所だよ」
「……やっぱり、クリスマスと関係があるの?」
 そう思うのは、もみの木と、遠いようなクリスマスを想う気持ちが、私の中で結びついていたから。
「そう。ここは〈眠るキャロルの森〉。今はこうして眠りについているけれど、十二月になればモミは暖かい光に包まれて、クリスマスを想う子供たちの楽園になるんだ」
 お姉さんが少し見上げて、息を吐きながらそう言った。
 私は想像した。一面クリスマスツリーの森と、プレゼントにはしゃぎ、祝う子供たちを。
「君は少し、来るのが早すぎたね。たまにいるんだ、この時期から楽しみにしてしまう子が」
「私、またここに来れるかな」
「来れるよ。きっと」
 導かれた私は、森の出口に辿り着いた。長く続く草原の道の先には、私のベッドが置かれている。
「ありがとう、お姉さん」
「いいえ」
 私はお姉さんに背を向けて、道を歩み始めた。
「あ、最後にひとつだけ」
 後ろから聞こえたお姉さんの声に、私は振り向く。
「クリスマスの日。風邪には、気をつけなね」
 帰れなくなっちゃうよ。そう一言、布マスクのお姉さんが付け足した。

 

 

 

 



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〈 もみの木 〉
〈 布マスク 〉