その日は具合が悪くて、いつもより世界が憎らしく思える日だった。
朝のホームルームのときの、冷たい机も。私の具合を知らず話しかけてくる、無邪気な友達も。少しだけ憎らしいと思って、だけどいつものように下手な笑顔で返して、日常に溶けてしまって。
私の席、真ん中の一番後ろ。遠くに見える先生の表情は、ぼやけてよく見えない。黒板に書かれていく白い文字は見えないことないのに、不思議な話。
なにより一番目に見えるのは、左斜め前、数メートル。
君の、耳と短い襟足と首筋は、骨の動きまで見えるような気がする。
ひどく、都合の良い目だ。
いつものように、授業と休憩が交互に挟まれて、時間に積まれていく。授業が終わる度に遊びに来てくれる友達。その度に、お返しをするように私も友達の席へと遊びに行く。先生たちの授業は退屈。だけど進んでいく授業は〈日々毎日が違って同じ日はない〉ことを、大切なことを私に教育してくれる。そして、本当の休憩のように、トイレに逃げるときもあって。
そんな積み重ねの、午前中の中でも、私は隙さえあれば、君を見ている。
君はいつも男子の輪の中にいる。だけど、中心とかじゃなくて、まるでいつでも逃げれるような、安全地帯の位置にいるよね。それに気付いてるのは君を含めて、私だけなんじゃないかって、少し得意で……こんな浮ついた気持ち、悟られちゃいけない。
ずっと、きっと。卒業するまでの片想い。
時間が経った昼食のお弁当みたいに、味の薄いお惣菜みたいに、私は私自身を殺している。それ自体は悲劇だとも何とも思わない。殺すというから物騒なのであって、摘んでいる程度に思った方が良いのかもしれない。私には私が思っている以上の価値もなくて、謹んで静かに生きるべきなんだ。誰かが私に価値を見出す、そのときまで、埃を被ったままで良い。
午後になって、午前と同じように時間が積まれていく。けど、眠たかった目はもう覚めているし、授業だって残り二回だけ。午後の学校は本当に一瞬で、つまらない放課後へのプロローグでしかない。
私にしたら、君を見つめる時間が終わるエピローグ。
全ての授業を終えて、学校が掃除の時間と共に、慌ただしく生徒を外に出す時間。友達を廊下で待っているときに、一瞬だけ、君と話せた。「なにしてるんだ」「そっか」「じゃあね、また明日」それだけ。ああ、満足だ。
君に、私の想いを知られる必要は一生ない。
こんな私なんかに好かれているだなんて知ってしまったら、君はぬか喜びをして、浮かれるのだろう。本当の私も知らずに。つまらない私も知らずに。
そうなってしまえば、君は可哀想、だから。
放課後の先も、卒業式の先も、この熱を孕んだ想いはずっと永遠に、秘密のまま。
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男の子から想いを〈 悟られぬよう 〉に過ごす。