kurayami.

暗黒という闇の淵から

ファイナルサマーバケーション

 高等学校に通う青年には、夕色の想い人がいた。
 青年から見て二つ下の後輩。まだ新しさが残るブレザーの制服。細い髪を後ろでくくった、うなじが覗くポニーテール。成長途中の身長と胸囲。白くて柔らかそうな二の腕と太もも。
 まだ残る幼さに、半透明に女の影が重なった、その少女の姿。
 青年は少女の事を何も知らなかった。頼りなのは、放課後の下駄箱で見かける夕色の少女の記憶だけ。
 故に、青年には想いを告げる行為への踏ん切りがつかなかった。
 想いから好意へ、好意から告げるべき愛情へ昇華するには、青年には情報が足りない。
 迷い迷っている内に、気付けば青年にとって〈制服に袖を通す最後の夏休み〉へと入ろうとしていた。
 卒業年の、下手をすれば二ヶ月のロスとなる長期休暇が始まる。それらは青年が〈恋への立ち回り〉と進むための〈最後の踏ん切り〉をつかせるには、十分な条件だった。
 覚悟を決めた青年が、始業式の中で得れた情報は一つだけ。
「ああ、あの子ね。知ってるよ、確か……文芸部の子だよな」
 式を終えて青年はすぐに、受験勉強のためだと無理な言い訳を並べて文芸部へと入部した。
 これで話す機会が増えると青年が喜んだのもつかぬ間。少女は、夏休みの間はあまり参加しないという。青年は肩を落とすが、少女の同級生たちの会話から次の情報を耳にした。
「商店街の肉屋のコロッケ屋さんが美味しいって、あの子言ってたよね」
 青年は夏の夕方の中、商店街の肉屋へと通い続け、毎日のようにコロッケを食べた。最初は美味しかったコロッケも次第に飽き始めたが、少女に出会うために青年はめげずに食べ続ける。
 こうして立ち回り続けることで、辿り着くと信じて。
 夏休み最終日。常連として、変な客として店主に気に入られた青年は、同じ学校の制服を着た女子生徒の話を教わった。
「この先にある、河原で夕方に食べるのが美味しいって言ってたよ。俺にはもうその良さはわからないが、試してみたらどうだ」
 コロッケを手にした青年は河原へと走り出す。
 この夏休みの立ち回りの中で、青年の中には少女の〈像〉が出来上がっていた。
 文芸部で聞いた少しワガママだという性格。本が大好きで読むと集中して黙っちゃう癖。コロッケが大好きで、きっと食べる時も両手で食べるその姿。
 盲目の中に、少女の想像を孕ませ続け。
 河原には、絵に描いたように、いつもより夕色な少女が立っていた。
 青年はご褒美をお預けにされていた犬のように、夏休み最終日という魔法にかかったように、少女に駆け寄り風船のように膨らんだその淡い想いを告げる。
 少女は、コロッケを片手に持ち。青年を横目に見て返事をした。
「じゃあ、先輩に、私の愛を“一回だけ”量り売りしてあげます。先輩がくれた価値だけ、私の愛を注ぎましょう」

 翌日の始業式。青年は自分が持てるだけの価値を、投げ出した。量り売りに相応しく、最もの高値を。
 少女に応えるため。少女の儚く飽きっぽい想いを、買い占めたいために。
 息するその先の時間をも、誰よりも愛されることを望んで。
 


 

nina_three_word.
〈 立ち回り 〉
〈 踏ん切り 〉
〈 量り売り 〉