kurayami.

暗黒という闇の淵から

記憶の眠り

 肉をかき混ぜるような波の音。陸が見えないほど遠い、黒い海の中でのこと。
「あ、ねえ。宝箱見つけたかも」
 遠くを指して言った少女姿の声に、近くにいた少年姿が反応する。
「どこ」
「ほら、あそこ。きっとすぐに、あ、一瞬見えた」
「あー僕も見えたかも」
 脈打つ波の向こう側で、白いモノが浮き沈みしていた。
 二人は“宝箱”に追いつこうと、冷たい海を泳いでいく。
「それっぽいね。でも、どっちかな」
 自身らと同じか、それとも。
「私は宝箱だと思うけどなあ」
 辿り着いた二人が、浮き沈みの正体を急いで覗き込む。
 その正体は、女性の遺体。
 顔は青白くなり、唇は本来の赤を失っている。白いワイシャツの下から透けて、水色の下着が浮き上がっていた。
 耳たぶについた黒いボディピアス。それを確認した少女が得意そうな顔をする。
「やっぱり宝箱だ」
「へえ、これが。旧生物の廃棄品なんてもう見れないものだと……」
 興味深そうに少年姿が、遺体の手を握って呟く。噂通りの、自身と同じ形の種。
「んで、どこが宝なの?」
「ここ、ここ」
 少年姿の問いに、少女姿が遺体の頭を叩いて答えた。

 深海に篭った音は、徐々に具体性を増した波の音へ。

 二人が少し泳いだ先、橙色に錆びた鉄の浮島。
「頭、抑えてて」
 少女姿に言われた通りに、両手で遺体の頭を少年姿が固定した。
 遺体に、石が何度も振り下ろされる。
「んー本当に、この中に宝が入ってるの?」
 自身が抑えた両手の中、顔が意味もなく潰れていくように見えて、少年姿が不安そうな声を出した。
「私は君より、二十年早く西のゲートから出てきたんだよ」
「そうだけどさあ」
 大きく振り落して出来た亀裂の穴に、少女姿が手をかけて二つ裂いていく。
 剥き出しになった中、顔を出したのは、白く濁った桃色の、柔らかそうな肉塊。
「んー……あった」
 少女姿が肉塊の中から取り出したのは、細長い部位だった。
「それが宝?」
「そうだよ。旧世界の時間が保存された、記録媒体」
 少女姿は肉塊からもう一つ取り出し、少年姿へと渡す。
「食べて」
 渡された〈記録媒体〉を、少年姿は少し眺めて指でなぞり、口の中へ含んで飲み込んだ。
「あっ」
 瞬間。少年姿の脳裏に、旧世界の景色が、淡色のフィルターをかけて蘇っていく。
 鉄で出来た塔の群れ。動き出した連なる機械。白い湯気の立つ黒い液体と、降り注ぐ水の槍。
 笑いかける誰かの表情。
「私たちが存在される前の、貴重な旧世界の記録だよ」
 微睡みに落ちていく少年姿に、語りかける少女姿の声は遠くだった。
 今は無き緑の下、知らない誰かに頭を触られた景色を最後に、少年姿は記憶の眠りへと落ちていく。
 

 

 

 

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〈 海馬 〉
〈 宝箱 〉