kurayami.

暗黒という闇の淵から

憂い学研究所

 はい、今日から配属になりました。灰田唯良と申します。大学では〈苦悩〉について専攻していました。ですので、観測の際は僕を是非。え、恋人ですか? はは、いるわけないじゃないですか。あと十年間もこの地下から出れないのに、居ても……え、ああ、なるほど。すみません実験協力出来なくて。ええ、はい。研究の方で必ず成果を出してみますよ。覚悟は出来ているので。よろしくお願いします、多野先輩。
 おはようございます先輩。今日の観測対象は……わ、あの表情。早速〈苦悩〉ですか。二十代後半の女性であれば、やはり結婚願望が主と言ったところですかね。しかし、それにしては何処か、何も探してないような。……正解ですか。
 これは、なんだろう。〈苦悩〉にしては楽観し過ぎてるような、笑顔に嘘がないような。あ、先輩こんばんは。すみません、また観測していてちょっとわからないことが。はい。十代後半の青年なのですか、哀の色が漏れているのにも関わらず、ずっと笑顔を絶やさないんです。……へえ、これが。なるほど〈嘘の仮面〉だったら納得が。初めて見ました。
 はい、もしもし。灰田です。お疲れ様です。えっと、多野は今、仮眠中で。
 先輩、おはようございます。今さっきサンプルが届きましたよ。確認したんですけど、たぶん怒の色が混ざってます。他のサンプルに干渉してないといいんですけど。……先輩? 大丈夫ですか。仮眠足りてないんじゃないんですか。
 あれ、おかしいな。この〈悲哀〉の解毒方法がどうしてもわからない。方法がないわけ、ないんだけどな。先輩は……いや、もう少しだけ寝てもらおう。一人で解決できるようにならなきゃ。
 どうして、先輩。
 ……サンプル、随分と溜まったな。ここら辺はすぐに解毒出来るとして、こっちの似たような〈悲哀〉たちがわからない。本当に答え、あるのか。観測のデータ入力も出来てないな。やることが多い、やらないと、やらなきゃ。
 あれ、また〈悩み〉が解決されずに死んだ。
 答えが出ない。馬鹿な。そんな馬鹿なことが、あり得るはずないんだ。全ての〈悲哀〉には解毒と昇華があるはずで、相応しい終わりへと導く権利が人にはあるのが絶対だろう。なのに、なぜ。〈希死念慮〉だなんて、そんなもの。
 もしもし、灰田です。サンプルの件はすみません、急ぎでやっていますので、ええ。……いえ、僕一人で十分です。ところで、いつになったら遺体を回収して、あの、もしもし。もしもし。
 そうか。わかりましたよ、先輩。
 ずっと解毒方法を、答えを探し続けた終着点がここだなんて、つくづく学者というものは馬鹿ですね。諦めが悪いのもまた、学者なのかもしれませんが。
 答えがないことが、答え。
 自ら終わらすことが、僕ら憂いに溶けた人間に相応しい、最期なんでしょう。

 

 

 

 

 

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〈 憂い 〉
〈 学者 〉