kurayami.

暗黒という闇の淵から

夏の夢と冬の匂い

 風呂を上がると冷たい冬の匂いがした。見れば僕の狭い四畳半の部屋に、薄い毛布にくるまって猫のように寝ている貴女がいて、窓が開いている。どうやら冬を招き入れたまま彼女は寝てしまったらしい。
「風邪、ひくよ」
 声をかけても、すぅすぅと気持ち良さそうに寝息を立てている。起こすのは少し気の毒かなと思った僕は、クッションを差し込んでもう一枚毛布をかけてあげた。きっとこれだけのことをしても、畳の上での寝起きは最悪だろうから、夕飯は何処で食べるかだけでも決めてあげよう。
 昨日はファミレスだったし、今日は間を取ってラーメンが良いかもしれない。
 ほら、僕らよく、大学の帰り道にラーメン屋行ってたじゃないか。
 あの夏の終わりとか、覚えているかな。
 開いた窓を閉めようとすると、冷んやりとした空気が腕を触る。寒いけれど、まだ嫌になるほどじゃない。心地良い。ああ、これなら思わず寝てしまうのもわかるな。窓に触れたときに、貴女も同じように冬を感じ取ったのだろうか。ねえ、なにを想ったのさ。僕はなんだか、冬がとても久しぶりに思えるよ。今年は夏がとても長かったから。
 いつの間にか空が高くなっていて、曇り模様に浮かんだ夕陽の景色が広い。本当は今ぐらいに出掛けて、川沿いをお喋りしながら散歩するのが良い。けれど当の貴女は居眠り中だ。
 だから、また今度。ううん、今度こそ。
 そういえば、駅前のラーメン屋がずっと気になっている。三年前の夏の終わりに、僕らみんなで手持ち花火をした帰り道に迷って入らなかった、あのラーメン屋。今日はそこに行ってみようか。貴女は受け入れてくれるかな。
 そんなことを考えていると、貴女が寝返りをして、ゆっくりと起き上がった。
「おはよう」
 寝ぼけている彼女が、ぼーっと壁を見ている。起きて。ラーメン屋に行くよ。声をかけると貴女は眠そうにこくりと頷いて、立ち上がった
「眠いのにごめんね。でも、もう、あの夏の過ちを繰り返したくないから」
 僕が先に玄関で靴を履いて、振り返ると、貴女はもういない。
 また、駄目だった。
 川沿いを歩く頃には夕陽はすっかり地平線の向こうに落ちて、黒い空を紅く焼いている。ああ、すっかり冬だ。もうとっくのとうに秋なんて終わっていて、夏なんかはずっと昔で、彼女と一緒に歩く機を逃した〈あの日〉は遥か昔になっていて。
 暗闇に落ちていく道。
 切れかかった街灯の下で、線香花火みたいな影をした草が、思い出し笑いみたいに揺れていた。
 

 

 

 


nina_three_word.

〈 水花火 〉
〈 畳水練 〉