kurayami.

暗黒という闇の淵から

コントラスト

 いつの間にか夏が終わって雨が降り続き、もう冬なんじゃないかって思うような日のこと。
 俺はずっと狙っていた女の子を、家にあげることに成功した。ああ、待ち望んでいた。初夏に初めて会った日からずっと。優しい狼のフリをするのも楽じゃないなって思ったよ。
 身長百六十弱の白い肌を飾るのは、エメラルドグリーンのゆるいニット。八十デニールの黒タイツに合わせた灰色ホットパンツ。揺れるシルバーのピアスとネックレス。ふわふわして柔らかそうな茶髪。
 なにより、浮き出た背中の骨が、俺の欲情を唆る。
 夏の日の薄着の下のシルエットも、この寒空の下のニットから覗く白い肌も、目の前で露わになる時は近いだろう。
 四つん這いになって、無防備に本棚を選ぶ彼女から目を背けることはできなかった。
「ねえ、この小説読んだ? どうだった?」
 少し低く、甘めの口調で彼女が僕に聞く。
「ああ、それはね。やけに人が殺されてばっかの短編集だったよ。君には向いてないんじゃないかな?」
 思わずニヤけてしまいそうな口を隠して、あくまでも下心が見えないように俺は慎重に答えた。
「ふーん。借りて帰っても良い?」
「もちろん。他にも何かあったら全然いいよ」
 彼女は小さく「やった」と呟き、ちょこんと本棚の前に正座する。上を見上げた際に肩にかかっていたニットが少しずり落ちて、脊椎と肩甲骨が確かな突起と影を主張した。白い肌に出来た影が、光のコントラストを醸し出す。なぞりたい、触りたい。〈その時〉が来るまで、俺は我慢できるのか。
「ねえ」
 俺の邪な思考など知らずに、彼女が振り向いて無邪気に訪ねる声を出した。
「んー? どうしたのかな」
「殺される話、残酷な話が多いね。好きなの?」
 本棚に並んだタイトルを思い出して、しまったと内心焦る。せっかく好青年な雰囲気を出していたのに、これじゃあ台無しだ。
「いや、まあ、刺激的な話は好き、かも」
 無理がある返事だっただろうか。しかしそんな心配を掻き消すように、彼女は本を一冊手に持ちニコっと笑う。
「本当、私も好きなんだよね。こういうの」
 そう言って四つん這いのまま、彼女は俺の元へと近づいてきた。妖しく、誘うように。こちらに進むに連れて横に揺れる背中がとても色っぽい。
 ああ、向こうから来てくれるだなんて。
「ねえ」
 改めて訪ねる声を甘い口調で出す彼女は、上に覆いかぶさっていた。
 これじゃあ、背中が見えないじゃないか。
 そう思って手を後ろに回そうとしたとき、胸が急激に熱くなるのを感じた。
 見れば、彼女が何処からか出したナイフで俺を刺している。え、おかしいな。なんで。刺して、
「痛い? 我慢してね」
 冷たい外気と肌、熱を帯びた血液。そんな温度の違いを知った一瞬の間の後に、彼女は俺の胸にナイフを何度も突き刺す。刺して抜いて、刺す。激痛に叫ぶ脳裏で、なんで俺は刺されているんだと疑問に溢れた。
 ああ、耳が切り取られている。
 瞳孔が開いて視界に光が溢れて、思考が暗闇に落ちてコントラストを作る。そんな最期に、下心なんて抱いてもロクなことがないなと、おかしくなったんだ。

 下心があったのは、お互い様だったか。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 下心 〉
〈 背中 〉
〈 瞳孔 〉