kurayami.

暗黒という闇の淵から

エンキョリセンチメンタル

 僕は波の音に誘われるように、橙色に反射する地元の海を目の前にしていた。ああ、もうすっかり肌寒い。浜辺に咲いていた白い花はいつの間にか枯れているし、来週には台風が現れてあっという間に冬になる。秋はどこに行ったんだ。
 ジャージのポケットに手を突っ込んで海へと近付く。荒れた波が低い音を立てて僕の足元まで押し寄せた。濡れた砂を見つめてぼーっと考えて、別に波の音に誘われてきたわけではないなと自覚する。
 あの子は今、なにをしているのだろう。
 好きなあの子が何処か遠くへ行って、もう四ヶ月だ。あまり意識しなかったけど、居なくなってみるとすごく寂しいもので、すごくすごく好きだったんだなあと気付く。
 真っ黒な髪なのに白っぽい女の子。それこそ夏に咲いていた白い花みたいな子。
 奇跡的に好きな子とは、中高合わせて四年間同じクラスだった。しかし奇跡ってのは長続きすると平凡だと勘違いしてしまって、それこそ自分の恋が優位な立場にあることも気付けない。もったいない。もったいなかった。だからと言って告白する勇気が僕にあったかと言えば、怪しいものだけど。
 乾いた砂浜に腰を下ろした。視線も下がって〈広かった海〉が〈遠い海〉へと変わる。遠い。この果ての先はアメリカだっけ。あの子が何処へ行くのだとか聞き忘れてしまったけど、一年前に「北海道に行ってみたい」と僕に話してくれたのは覚えている。四年間も同じクラスだったのに、話した回数が極端に少ないというのは情けないものだ。チキンめ。
 そういえば中学三年生のとき。席替えで近くの席になった、あの短い時期はかなり喋れたっけ。宿題をよく忘れる子だったから、友人たちが僕に見せてと申し出る中あの子を依怙贔屓して、優先して宿題を見せていたんだ。
 そりゃそうさ、世界で誰よりも僕の特別だったんだから。
 ……なんて考えてたら、切なくなってきた。海には不思議な魔力がある。記憶とか思考とか、感傷的に引き出して整理してくれる。
「浜田ユウリ、さん」
 だから、思わず上ずった声で好きな子の名前を呟いたりして、センチメンタルも限界だなと呆れて腰を上げた。もう辺りはすっかり暗い。夜の海は全く別の顔で地獄みだいだ。
 あの子は今、何処にいるのだろう。
 ちゃんと、辿り着くべき場所に行けたのかな。
 暗い海は無限に広くて果てしない。夏になれば海から死者が帰ってくるというけれど、こんなに広いなら迷子になってしまわないか。せっかく辿り着いたのにそんな帰らなくてもとは思う。
 でもいつかは僕も、果てしない中を彷徨って、あの子と同じ場所へと行く。
 そのときは告白じゃなくても、四年間分ぐらいの会話はたくさんして、でもやっぱり告白は駄目元はしてみるんだ。
 まあ、だいぶ遠く先の話だけど。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 うわずり 〉
ハマユウ
〈 依怙贔屓 〉