kurayami.

暗黒という闇の淵から

ドライフラア

 僕が幸せになることは、この先ないんだ。
 学校内に佇む憧れの貴女は、どこまでも遠かった。その存在はまるで美しい虚無そのもの。僕が手を伸ばしても空を切るみたいに掴めない。薄く青い隈が出来た眼差しは、きっとこちらを見ることはなかった。僕のことなんて知らないだろうから。それでも、叶わないとわかっていても、視界の端で歩き揺れる黒髪をいつも目で追ってしまっていたんだ。
 恋心からの憧れと、美しすぎるあまりの……畏怖。
 遠く廊下の果てに見るだけで僕は満足出来ていたはずだった。
 しかし過去の話。たった半年前のことなのに、前世のように昔に感じる。あの日から世界が変わってしまった。貴女と〈おともだち〉になってしまってから、随分と。公園で一人落ち込み項垂れていたとき、貴女が声を掛けてくれたときは夢のようで信じられなかった。気持ち悪がられないように、常識人のように、澄ました顔で会話をするので精一杯な僕に、貴女は妖しく微笑みかける。安らかな微睡みに触れておかしくなってしまいそうで、いやきっと、おかしかったんだ。今も。
「私はお前のことを好きにはなれないけれど、良い〈おともだち〉でありましょう」
 そう言った貴女の、いたずらな指。僕の首を気まぐれになぞる指。
 たった一回。たった一言だけ望んだ「お前は私に触れてはいけないよ」という条件付きの貴女の言葉に、全てを束縛されてしまった。拒否する選択だなんてあるわけも無く、恋心を否定されたまま籠に入れられて、何も許されない。僕の恋の夢はもう、叶わない。そんな絶望も側に居れる希望に麻痺して、後に背筋を這う不幸に気付けないでいる。
 貴女に軽く触れられるたびに、僕の中で何かが咲いては壊れていった。それが何かわからなくて、無性に苛立つ。そのうち触られるのが恐ろしいと感じるようになって、だけど拒むことを出来ない。貴女と「またね」をして家のベッドで怯える日々が続いて、いつしか気付いたのは〈触れ返したい〉という〈欲望〉が、僕の中で沼のように広がっていること。
 ああ、気付かなければよかった。
「どうしたの?」
 冬の陽が差し込む公園。あの日に咲いていた花たちは、乾き枯れ果て、花壇の向こう側に並んでいる。貴女はというと隣に座って僕の耳を気まぐれに指先で触っていた。
 首を傾げる、無邪気で妖しい、笑み。
「なんでもないですよ」
 そんな憎らしい貴女に、諦めの声を振り絞る。
 欲望の生誕と玉砕を繰り返して。幸せになれない。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 憎い 〉
〈 なんでもない 〉