kurayami.

暗黒という闇の淵から

おやすみキャンセル

 ふとした予感に顔を上げて時計を見ると、長身と短針がゼロの下で重なっていた。二十四時。窓の外が一瞬そわそわして、私の胸にすぅと風が通った気がする。家族たちはとっくのとうに寝静まって、知らずのうちに明日を迎えていた。
 私はまだ、今日に残るけれど。
 ずっとずっと、些細な夜更かしを止めれないでいる。元々この時間の住人ではなかった。日付が変わるのを、微睡みの中で微かに知る程度だった。それが大好きな彼とやり取りを始めて以来、期待して眠らなかった日々の癖が取れなくて、止めれない。
 静かな部屋は私だけのモノだ。だけど、何をするだとかは思いつかなかった。無音。私がジッとさえしていれば、音の立たない空間は〈全部が終わってしまった事〉を無理に肯定してるみたいで怖くて、思わずイヤホンで耳を塞いでしまう。
 大好きな彼はもう、私の夜には帰ってこないのでしょう。
 シャッフルで適当な一曲を流し始める。これは……とても長いイントロの曲だ。私が中学生のときに友達から教わった曲。長い一日の歌。この機械に入ってる曲の思い出は全部覚えている。いつ頃出会っただとか。何をしていたときに、直前直後に聴いた、だとか。もちろん歌詞もメロディも。
 だから。だから、というわけではないけれど、私はAメロが終わる前に次の曲へと飛んでしまう。聴いた気。それに、たくさんの曲を聴きたいから。私だけの夜ならば、せめてイヤホンを通して賑やかでありたい。早送りで眠気を引きずり込んで欲しい。
 この夜は確かに、彼がいた。それは不協和音な携帯の文字列の中や、イヤホンマイクの耳の中に。飽きることなく寄り添った夜は続いていた。届く彼の声、言葉。触れたいと願う寂しさを除いて、私は満たされていたんだ。
 でも、寄り添いの夜を絶ったのは、この夜の外でのこと。
 曲を飛ばし続けていた指が、ある曲で止まった。ピアノだけのイントロが始まり、終わって、ゆっくりと男性の歌声が入ってくる。ああ、これは彼が教えてくれた、あの。深夜中央線に乗った私に纏わりついた、呪いの曲。
 最後の夜。改札に入った私を、彼は追いかけることはなかった。一人子供のように、選択肢を見つけれないみたいに泣きそうな顔で立っているだけだった。もう私からは何もしてあげれなくて、望んだシナリオが思うように動かなかった暗い記憶が蘇る。
 曲はAメロを越えて、Bメロへ。時刻は二十五時になろうとしていた。
 この時間は、君とおやすみをしていた時間。
 曲がラストサビへ入る静かな盛り上がりを見せる頃、私は静かに夜を止める。

 

 

 


nina_three_word.

〈 Aメロ 〉
〈 25時 〉