kurayami.

暗黒という闇の淵から

窓の中

 確実に座れることを望んで僕は、夜の池袋駅丸ノ内線のホームに来ていた。
 赤いラインの入った列車は既にホームに入っていて、中には疎らに人が座っている。
 僕は時間潰しも兼ねて、一番奥の車両まで歩いた。列車は、動く気配が全くない。
 辿り着いた奥の車両には、偶然にも、誰も座っていなかった。僕はそれを良いことに、長い席の真ん中に荷物と共に座る。
 瞬間、小さく溜息が出る。ああ、理由はないけど、とても、疲れた。
 ポケットに手を突っ込むと絡まったイヤホンに指が触れた。しかしそのイヤホンを解くのも、取り出すのもしんどいと思い、何も出来ない。デメリットと言えば、この長い丸ノ内線での体感時間がそのままという点だけだ。
 丸ノ内線が動き出す。相変わらず車両には僕だけだった。
 電車の音。次の駅へのアナウンス。腰を動かして、服が擦れる音。
 目の前を見れば、暗闇の窓に、僕が映っていた。それはとても疲れに満ちた顔していて、見ていたいものではなかった。
 視線をずらし上を見ると、飾られた幾つかの広告が目に入る。その中でも『公園に行こう』という、雑誌の広告が気になった。
 公園、緑、遊ぶ、遊具、あの遊具、あの頃、あのときの、公園。
 小さな連想ゲームの後、僕の思考は子供の頃の記憶に辿り着いていた。脆く、美しい純粋を持っていたと思う。人の夢は叶うものだと、それが当然だと思っていたあの頃だ。
 視線を暗闇の窓へ戻すと、あの頃の僕が恨めしそうに、僕を見ている。
 そんな目で僕を見るなよ、悪いのはお前だろう。
 列車が暗闇を抜け、僕の幻想が掻き消えた。長い間地上を走り、また本郷三丁目を目指し地下へと潜っていく。
 車内にはいつの間にか人が増えていた。しかし、疲れ切っているのかまるで生を感じない。まあ、それは、僕も同じだろうけど。
 そんな同類を見たくなくて、視線を足元に降ろした。汚れボロボロになったスニーカーが、視界の主役となる。
 僕はこのまま、このスニーカーのように疲労に支配されて、生きていくのだろうか。
 それはしたいことも叶わない。何も叶わず、ただただ、目先のモノだけで生きていくことを意味する。
 顔を少し上げると、何者でもない、老人が暗闇の窓の中にいた。
 それはきっと、何者でもない、僕の慣れの果てだろう。
 老人が、懐かしそうに僕を見ている気がして、
 酷く、哀しくなった。

 

 目が覚めると、列車は四ツ谷駅で止まっていた。僕は慌てて外に出る。
 僕を乗せていた列車が走り去った。夜の空は都会の働く光に薄く照らしている。
 眠気で頭が揺れていた。何か、気味の悪い夢を見ていた気がする。僕は身体をふらつかせながら、中央線の乗り換えと向かった。
 ふと、何か忘れた気がして、丸ノ内のホームを振り返る。
 そこには綺麗に空いた四角い暗闇が、長く続く線路を、飲み込んでいた。
 

 


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〈 地下鉄 〉
〈 絶望 〉