kurayami.

暗黒という闇の淵から

シブヤユウホ

 雑多に人が流れる、改札を出た。見上げればもう、すっかり夜になっている、ああそうだ、いつもここに来る時は夜だった。
 ひしめく人の声の隙間を通り、地下道への階段を迂回する。交差点の向こう側には大きなモニターがいくつか見えた、ビルに張り出された大きな広告には、僕がよく聴くアーティストが張り出されている。
 あの時は、あの頃は、こんな風に周りを見ていなかったと思う。
 僕が見ていたのは、君だった。

 仕事で東京に来た帰り道、僕は近くにあった渋谷へと立ち寄った。
 この渋谷に、何か置き忘れたままな気がして、それを取りに行こうと思って立ち寄った。それが何かはわからないけど、辿ればわかるはずだ。
 スクランブル交差点の向こうにあるモニターは、あんなに大きかっただろうか、あんなビルあっただろうか。数年来ないだけでまるで知らない街みたいだ。しかしそれは、きっと上を向かなかったからだろう。周囲を見渡せば、君と一緒にあの頃がそこに浮き出る。
 いっそのこと電話をかけてしまおうか。そう思って、止まる。こんな余興に付き合わせるのは、良くない。それに、僕にはもう、そんな勇気もないだろう。
 スクランブル交差点を渡った先、センター街へと入った。何かと行く先が決まらないときは、渋谷のセンター街へと来ていた君と僕だ。
 歳下の君がぶつからないように、気を配って歩いたこの人混みも、今じゃ全く気にする必要もない。それは軽いようでとても重い。見上げれば〈バスケ通り〉と書いてある、そんな名前だったのか。ああそうだ、そういえばそうだ。歩きながら話をした。そうそう、それで流れるように……気付けば僕は、ケバブを買っていた。よく君と一緒に食べたケバブは、今も濃い味のままだ。
 ふと、向かいの壁際を、鼠が這うように走っていった。見かけるたびに君が嫌そうな顔をしていたね。今じゃ、僕が鼠のようなものだ。まるっきり同じだろう、こうして残り滓を求め這う姿は。
 細いスペイン坂を通り、君がの好きなデパートだったものを見上げた。大通りの坂を下って、君とよくお茶をしたカフェを見た。
 思えば、どのシーンにも、君に伝えられなかった言葉がふわふわと、そこに浮かんでいる。これが、置き忘れたものなのか。しかし、今更……
 気付けば、井の頭通りの真ん中に立っていた。ビルとビルに圧迫された狭い空には夜が塗られている。どうやら僕は、渦巻き状に思い出を回っていたらしい。
 それなら、ここが、この渋谷遊歩の終わりだ。だとしたら、置き忘れたものの、答えが出た。
 手元にあっても意味のない、焦燥感。

 

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〈 渦巻き 〉

〈 辿る 〉

〈 ねずみ 〉

ブルーリーブ

 気付いたとき、私は起きていた。そういえば朝って、そういうもの。
 眩くて優しい光、ちょうど良い布団の包容力と温もり、それと、少しだけ陽の匂い。ちょっとだけぼーっとして、意味もなく手を伸ばしてみて、光に濡れた自身の腕を見た。それは輝いていて、とても綺麗。
 一回、二回と寝返りを打っても、微睡む頭が覚めない、朝は気持ちが良いけど、快楽の地獄。薄い布団を抱き寄せて、思考せず静止して、突然、目が覚めた。それは、美味しそうなフライパンの音、ウィンナーの焼ける匂いがしたから。急にお腹が空いて、今日初めての欲だってことにも気付かず、私は布団を出る。
 お手洗いを寄り道に、洗面所で冷たい水で顔を洗って、台所に入る。さっきは聴こえなかった、女性歌手の歌が流れている。きっと、私が起きた気配に合わせて流し始めたんだ。
 葉子は、エプロンを巻いて、目玉焼きを作っていた。
「おはよう」
「おはよう、光希。ねえ、冷蔵庫から醤油出してもらってもいい?」
 私は葉子の言う通り、醤油と、冷えた麦茶を取り出した。
 葉子と私のグラスを並べて、麦茶を注ぐ。誰が決めたわけじゃないけど、青のグラスは葉子、赤は私が使っていた。
「ありがとう」
 醤油を受け取った葉子を見て、一つ気付く。身なりが、整っている。
「あれ、今日仕事……? どっか出掛けるの?」
「ん、ちょっとね」
 葉子が、皿に目玉焼きを乗せる、他にウィンナーと、焼き椎茸が乗っている。茶碗にご飯が盛られ、冷やされたゆで卵を別皿に乗せて、葉子が作った朝食が完成された。
「いただきます」
 二人で声を揃えて、合掌。
 私は、まずウィンナーに手をつけた、薄味の胡椒と丁度良い焼き加減、葉子の味だ。
「ウィンナー好き」
 頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出ていた。
「ねえ、話があるの」
 葉子が、箸を置いて、両の手を机に重ねた。
「……なあに」
 私は、少し嫌な予感がした。なんとなく、それは突然ではない、そんな気も。
「私、食べ終わったら、出て行くね」
「嫌だよ」
 即答した。理由はなんだかわかっていた。ううん、一つとかじゃない、様々な理由が生活にあって、葉子が離れそうだと。
 離れる前兆は前からあった。けど、わかっていて、変わらないことで、葉子が離れないと勝手に信じていた。
 甘えていれば、葉子の優しさがこの関係を保ってくれる、そう思って。
「ごめんね。相談しても変わらないことも、わかってるから。本当に、ごめん」
 葉子の目玉焼きから、半熟の黄身が漏れて、白い皿に流れた。
「……きっと、今日この朝じゃなくても、私たちは終わっていたと思う」
 葉子が最後に、そう言った。
 黙々と、朝食は行われた。窓からの光だけが、暖かい。
 私は、これまでと同じように、何も言えなかった。あの椎茸を食べ終えたら、葉子は出て行く。
 甘えが、私の甘えという小さく可愛い糸切りばさみが、容易く関係を切ってしまうだなんて、知らない、わからなかった。
 どうすれば、良かったのかな。でもきっと、葉子は答えてくれない。
 結び直すことだって、もう許されない。 

 
 

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〈 糸切りばさみ 〉

〈 朝食 〉

〈 前兆 〉

鈍色火葬町

 それはすぐに、夢を見ているとわかった。しかし夢ということだけあって、夢だということを、なかなか意識させてくれない。
 真昼間の町。遠くでは踏切の音が響いて、それ以外に音は聞こえない。人の気配もない。青空は不気味なほどに青く、雲が一つもない。過ごしやすい生緩い温度を肌で感じる。
 それは、僕の記憶にはない町だった。だけど何故か、遂に来てしまったという気持ちになる。どこか、呆れるような。
 知らない風景に段々と目が慣れて、そのとき、初めてこの町の異質に気づいた。夢だと思う要因は、これかもしれない。
 道の両端、そこには少し錆びた、縦長のロッカーが、道の奥まで並んでいた。敷き詰めるように外に並ぶロッカー、その異質さが怖い。
 間違えても、開けてはいけない、そんな気がした。
 夢だと意識できない僕は、その町の奥へと踏み込んだ。ロッカーの道はどこまでも続き、その錆び方、高さは全てが違い、一つとして同じものはない。だからだろうか、各々のロッカーには所有者の臭いがあった。立ち止まって一つのロッカーを見てみれば、何かぶつかったような、蹴ったような跡がある。
 そのロッカーをまじまじと見ているとき、開く音に、僕は右後ろを振り返った。
 半開きになったロッカーが、そこにあった。閉じたものが並ぶ中、それだけがまるで僕を誘うように、半開きになっていた。淡々とした夢の中で、僕は新しいアクションを求め、そのロッカーに手をかけ、ゆっくりと、開けた。
 僕は、拍子抜けする。中には、古びたぬいぐるみ、女性物の服、鞄等が詰まっていただけだった。ただロッカーの役割をしているだけじゃないか。僕は夢の中だというのに、鼻で笑った。しかし、何故か得体の知れない不気味さがそこにあって、心からは笑えなかった。
 それから、町の中を進めば半開きのロッカーは他にもあった。やはり、どれも何かしらの物が詰まっているだけだ。音楽CDと酒ビンが詰まっているものもあれば、本とカッターと制服が詰まったロッカーもある。詰まった物が少し古びているということ以外に、統一性はない。
 こうして見ていると、持ち主の顔が見えてくる。まるで、その人を表すような……
 ふと、そこで気付いた。気付いてしまった。この雑多な物の集合が、人であることに。いや、人一人の型、というのが正しいのかもしれない。クイズのように、答えを表すヒントの集合。答えが決まった数式の穴。情報だけの、存在証明。
 人の型をした、縦長のロッカーが、まるで棺桶に見えた。だとしても、肝心の本人はいない。まるで中から出たように、扉は半開きだ。
 ならば、閉め切ったものには……
 歩き続け、気付けば踏切の音はすぐそこだった。僕はその音を頼りに、踏切へと辿り着く。
 踏切は、動いていた。二つの赤いランプを点滅させ、それに合わせるように、電車は音もなく走る。
 この町の果て。踏切の向こう側。線路の上が、この町と夢の出口のようだった。夢だとわかっていても、向こう側へとくぐるのは怖いものだ。
 しかし出口があるなら、入口があるはずだ。だが、入口を通った覚えは、僕にはない。
 僕は、どこからこの夢に来たのだろうか。

 

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〈 点滅 〉

〈 出口 〉

〈 ロッカー 〉

愚者先輩

 高校生たちの通学路の外れ、とある空き地。
 そこにはまだ中学三年生になったばかりの少年少女二人と、一人分の死体が転がっていた。
 その死体は男で、青年で、頭から血を流し、不自然に身体をくの字に折って倒れている。
 すぐ側には、血が着いたレンガと、タロットカードの紙片が散らばって落ちていた。
「死体、初めて見た」
 少年が純粋に〈初めて〉を見て、微かな感動をする。
「死体じゃなくて、遺体ね。そっちの方が優しい言い方らしいよ」
 少女が少年を優しく注意した。
「でも、俺はこの人知らないし」
「私は知ってるもん。そして君も」
 しゃがみこんだ少女は、死体を覗き込むようにして、そう言った。
「鎌谷先輩だよ。私たちの中学を卒業した、あの」
「え、あのボランティア部の? この人が鎌谷先輩? 初めて見たかも」
 少年がまた、微かに感動をする。
「うん、あの」
「一晩にして、机の椅子についた滑り止めを全部外しちゃった鎌谷先輩なんだ」
「私たちにも影響したもんね。でも、あれはやり過ぎ。それに、安っぽいと思った」
「そうかなあ。俺ら男子からしたら面白かったけど。そんな面白い先輩が、なんで殺されたんだろう」
 少年が上半身ごと、横に傾げた。
「だから、きっと、やり過ぎたの。この人は、そういう人だった」
「話したことあるんだ」
「学校で一度ナンパされたの」
「えっ、学校で?」
 少年が今日一番の驚きを見せた。
「学校で、放課後。遊ぼう遊ぼうってしつこくて、断りながらの会話をね」
「やっぱやばいな鎌谷先輩。それで実際、どんな人だった?」
「うーん、菓子パンで例えるなら、コッペパン、コンビニに売ってるやつ」
 わかりやすいように、菓子パンに例える少女。
「美味しいじゃん!」
「そう思うのは安いからだよ。安くてすぐにお腹が膨れる。言葉はどれも安っぽくて、でもそれを実現させる。ほら、校庭の池にマグロの刺身浮いてた事件あったでしょ? あれ、マグロが好きって言った私に必ずマグロやるからって勝手に宣言した、翌日のことなの」
「ああ、あの事件。でも、コッペパンって安いだけじゃなくて、いろんな味があるじゃん。いつも選ぶのに迷うよ」
 少女が一瞬黙って、頷く。
「……そう、だからコッペパン。安いけど、いろいろな可能性を感じさせてくれる人だった」
「悪い人じゃなかったんだ」
「でも、誰かはこの人を悪だと、思ったらしいね」
 少年と少女は、改めて鎌谷先輩の死体を見下ろした。
 苦痛に歪んだ顔は、人であることを証明している。
「やり過ぎてレンガで殺されたのはわかったけど、じゃあこのビリビリに破かれたタロットカードは? なにか意味ある?」
「そんなの、タロットカードってだけで、何が描かれているかわかるよ」
「なるほど」
 可能性のゼロが、意気消沈し死体に飾られていた。
 

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コッペパン

〈 ピース 〉

〈 レンガ 〉

〈 フール 〉

三年間の充電

 とある定時制高校。その中で救済劇と悲劇を繰り返し、少女は学生たちに影響を与えてきた。
 聞き入ることで変わってしまう、そんな少女を学生たちは皮肉と愛情を込めて、こう呼んだ。
 革命家と。

 中学校を卒業した少女は新たな時間と刺激を求め、定時制の夜間部へと入学した。昼過ぎに起き、夜中に授業が終わるという、今までとは違う時間に、少女は期待する。
 今まで満たされなかった何を、少女は求めて。
 少女が入学したそのクラスは、夜の暗さも相まって、陰があった。各々が関わることを否定するような、そんな雰囲気に少女は息が詰まる。しかし、自らが望んで飛び込んだことに、少女は後悔をしない。
 やがて少女は軽音部に入ることを選んだ。少女と、その他幽霊部員の軽音部。その中に取り残されたマイクとギターを手にした少女。それが〈満たされなかった何か〉を、埋めるものだと信じたのだ。
 少女は、自身の言葉をメロディに乗せて吐き出すことを選んだ。
 少女自身の内にあった、あどけなさのある想いを素直に言葉にして、メロディにした。陳腐で狂った臭い歌。それを受け入れてくれる学生は最初のうちはいなかったが、次第にその内に秘める想いを暴露する衝動に、ハマる生徒は増えていった。
 暴露による影響力と需要に少女が気づいたのは、入学して十ヶ月経った冬のこと。その頃に陰のクラスは、暴露という形で互いが関わり、闇を持ったクラスへと変わっていた。
 自身の内の言葉から、少女は人を見定め、見透かす歌を吐き出すようになる。
 それは凄まじい影響力だった、歌は夜間部から時間を超え、昼間部へと影響していく。見透かされた後ろめたい想い、身勝手な本性、それを許すというメッセージ。
 少女の歌は、人を変えていく。闇は隔たりをなくし、ぶつかりあい、学生と環境を変えた。それはまるで革命だった。
 変わったのは、学生だけではなかった。
 卒業をする頃、少女は自身がいつの間にか、〈満たされなかった何か〉が満ち終わっていたことに気づいた。
 学生たちを見透かし、考えているうちに、それは日々充電されていたのだ。思春期の心の闇の愚かさ、残酷さ、これから先に広がる途方もない時間。前進する意思を持たずとも、世界と時間は流れ、変わっていくことに、少女は気づいてしまった。
「とても、とてもつまらないなあ」
 それは、少女が最後に歌ったフレーズ。

 高校三年間という充電期間。それは〈後悔の念〉を充電し〈あどけなさの残る革命家の少女〉を殺した。

 

 

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〈 充電 〉〈 革命家 〉〈 あどけなさ 〉

回転木馬に見せられて

 オルゴールに似たような、心地よの良いゆったりとしたメロディーが流れている。鉄棒に腹を突き刺された馬が円を描いて並んで、メロディーに合わせてゆったりと、回っている。それは大きな遊園機械。
 私は、そのうちのメッキの剥がれたブラウンと灰色の鬣を持った馬に、横向きになって座っていた。外側に、私の見知った景色が流れている。
 透明度の高い水色の景色。それは懐かしい、吹奏楽部に打ち込んだ学生時代だ。ああ、毎日練習して、努力して、憧れの先輩を目指して。ただひたすらに進むその姿は、可愛らしい。遊園機械のゆったりとしたメロディーと回転に反して、外の景色はあっという間に過ぎていく。
 次に目に入ったのは、目に優しい黄緑色の景色。父と母と、兄と私。輝かしい太陽の下、レジャーシートを広げてピクニックをしている。無口な父の膝に私が甘え、母と兄が談笑をしている。母の作った、色彩豊かなサンドウィッチが目に見えた。美しい家族の一面。
 景色は次々と変わる。恥ずかしくなるような淡い桃色をした景色。幾多の恋模様が、散り散りになっている。ああ、そんな人たちもいた、今なら微笑むことができるような、チョコレイトのような思い出ばかり。成功と失敗の繰り返し。始まりと終わりの繰り返し。でも、一人だけ目に止まる、特別な人。
 水色、黄緑色、桃色とぐるぐる回って私を楽しませてくれるけど、見ているうちに少しずつ、色彩を濃くするように、事実が見えてくる。メロディーは壊れたカセットテープのよう、回転は不規則に動く。
 そもそも、いつから私は、この景色を見せられているのだろう。
 水色から青色へ、それは夜に誘うインディゴ色へ。青春の日々は卒業へと向かう中で、疲れ、何を目指してるのかわからず一人、潰れている私がそこにいた。青春が空気と色と化して、私を刺している。
 黄緑色から緑へ、それは迷子になるようなスカラベ色へ。団欒の幸せは家族の亀裂よって、終わっていく。もう私の周りには誰もいなくて、深い深い孤独な森とその色が、私を迷子にしている。
 桃色から赤へ、それは血液と地獄のようなエンジ色へ。恋愛に飾られた人生は、一人の男が狂わせる。ああ、どこにいるの。私の絶望は、貴方にしか理解できないのに。心臓が放出する血液と色が私を狂わせている。
 くるくる、くるくる。永遠に、パステルカラーが染みになって堕ちていく。流れる景色は止まらない。見たくない、こんな残酷な景色は。いい加減、閉園を。
 錆びていく遊園機械。叫び声に近いメロディー。
 終了の切り取り線は、探しても探しても、それは私の眼球と視界の境界線にしかない。回り回り混ざる景色から伸びる手は、私の両の手だ。両の目を潰し、潰れ迷子で狂った景色と、さよならをしてくれる。
 その頃になって、やっと回転が止まった。ゆらりと下に落ちていく。
 色の狭間、動かない私と想い出の回転木馬
 

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〈 メリーゴーランド 〉〈 切り取り線 〉

アナザーアウラ

 このカフェに来たのは、いつぶりだろう。深く沈むソファが並んで、懐かしいクラシックが流れている、変わらないな。
 当たり前のように、カフェの中には僕らしかいなかった。
「念願の想いが叶ったって顔だね? 初めましてか、久しぶりか」
 向かいのソファに浅く座った年下の君は、余裕のある表情で僕に語りかけてくれた。僕は、どんな表情をしているのだろう、君の言う通り叶って喜んでいる顔か、それとも歪んだ顔をしているのか。
 確かに君には会いたかった、出来ることなら食って殺してやりたい。
「僕はそんなこと思わないけどね。こうして話せて嬉しいさ」
 嘘が上手い君の、笑顔。
 もう二度と会わないだろうから、しっかりその顔を覚えて帰ってやるよ。
「怖い顔してるよ、とても。何から、何から話そうか。そうだな、君の近況が知りたいかな」
 近況。そんなこと滅多に聞かれないから、考えたことなかったな。昨日はレンタルショップで映画を借りたし、その前の日はパン屋でクロワッサンを買った。
 なんだ、君より充実しているじゃないか。あ、でも、君は、
「あの子とは連絡取れてる?」
 残念だけど。
「そっか、それは、残念だ。あの子と過ごしてたカフェも、ここだったね」
 顔を見せたくないのか、君はソファにもたれかかって上を見上げた。
「で、僕のことは、聞かないのかな」
 知ってることは、わざわざ聞かない。
「はは、それもそうか」
 知りたいのは君の感情だけだ。
「熱烈だねえ。だけど知るだけ知っても無駄だと思うな。君が知るべきことは、もっと別にあると思うんだけど」
 その言葉にすら、どんな感情があるのか僕にはわからない。
 わかる、わかるよ。だけど、
「その癖も、まだ直ってないんだね。まあ、ただ、僕にも君が何を得るべきなのかはわからないけどね」
 わからないくせに、見透かしている。少なくともその部分は取り返したい。
 素直に、君のことは尊敬してるよ、嫌いだけど。
「もう、そこからだよ。わからないな、僕を尊敬するだなんて。何があったんだよ」
 時は人を残酷に変えるんだ。君にはわからないことだよ。
「変わったね。僕からしたら、欠如したように見えるけど」
 何が欠如したかだなんて、考えたくない。
「それは、僕にあって君にないものだよ。かと言って、僕らで引き算をして答えを出すことは出来ないけど」
 なんでそう、不気味に言葉を引き出せるんだ。
 いや、だったら、だから、僕が君になるんだ。
「君は、僕にはなれないよ。例え真似たところでその欠如はもう二度と取り戻せない」
 崇高な君にはわからないだろう。俺……僕のことなんて知らないはずだ。
 なのに、どうしてそんなに自信があるんだ。
「いや、君だって、本当はわかっているはずだよ」

「もう一度言う、君は僕にはなれない。いや、もう僕に戻れない」

「残念だったね。残念だよ。君は、僕を殺したんだ」

 

 

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アウラ