kurayami.

暗黒という闇の淵から

黒山羊の街

 多くの人が、新しく生まれる街を、その日を祝福していました。
 朝陽の暖かいグラデーションが、0歳と0日の街を包み込んでいきます。住人たちはまだぐっすりと眠っていて、起きているのはお爺ちゃんお婆ちゃんと、お大忙しと走り回る街の役人たちぐらいなものです。
 街の中央広場、大通りは、正午に向けたオープニングセレモニー準備の真っ最中。役人たちはついに、正式に街として認められることを喜んで、忙しくても笑顔は絶やすことはありませんでした。
 午前7時、食卓に目玉焼きとトーストのコンビが並ぶ頃。お父さんもお母さんも、眠たい目を擦って「いただきます」の合図です。今日この街で、役人以外のお父さんたちは仕事がありません。なんて言っても、おめでたい日なのですから、誰しもがネクタイをタンスの奥へねじ込んでいます。
 同じ頃、一部の役人たちは、街の飾り付けをすみずみまで確認していました。緑、赤、黄色、街を化粧する彩は美しい曇り空と相まって、特別を象徴するのに相応しい雰囲気を演出しています。そんな様子に大丈夫大丈夫と、役人たちが顔見合わせていたとき、一人の役人が中央広場に不足した“赤”の飾りを見つけました。ああ灯台の元は暗いねえ、なんて、苦い顔を役人たちは見せ合っています。
 午前9時を過ぎた頃、街の住人たちは白い上着に袖を通して、玄関をぞろぞろと出ていく時間です。「おはようございます」「今日は楽しみだねえ」「これで安心だ」「おめでたいなあ」なんて、笑顔で話しながら中央広場へと向かっていく住人たち。中央広場からは、オープニングセレモニーの開催を告げる花火の音が、街全体に響き渡りました。
 大通りでは、煌びやかなパレードが始まります。偉い人を乗せた派手な車が、ゆっくりと行進していきました。街の住人たちは赤い旗を振って、歓声と共に大はしゃぎ。役人たちもその様子にホッと胸を撫で下ろしました。きっと、このまま何事も失敗しないまま、オープニングセレモニーを終えていくのでしょう。
 一通りのイベントが終わり、正午間近になりました。街の住人も、役人たちも、これから始まるメインイベントに期待して、中央広場へと集まっていきます。
 大勢の人に囲まれた広場のその中央。街長の銅像の前には、逃げれないよう足を切断された多くの子供たちが、術式召喚呪陣の上に横になっていました。
 ぽつり、ぽつりと雨が降ってきます。カミサマと呼ばれる黒い悪魔を召喚する前触れに、みんな安心していました。これで失敗してしまえば、誰が街を守るのかと、役人たちが苦笑しています。
 雨に頬を濡らした一人の子供が、首から下げたキーチェーンを、強く握りしめました。
 しかし、そのチェーンの先にはもう、家の鍵はありません。

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 キーチェーン 〉
スケープゴート
〈 オープニングセレモニー 〉

ハンザキ

 服が、下着が、一枚一枚と落ちていく。
 家のものとは違う大きな鏡。手のついていないアメニティ。
「シャワー、先に浴びて来なよ」
 そう言った貴方はこの場にいない。鏡の中に裸の私が一人いるだけ。見て欲しかった下着も、見られないまま。
 どちらかが誘ったわけでもなく、流れのままにホテルに辿り着いた。それはいつものことで、貴方にお酒に誘われた時点で、わかっていたことでもあるけれど。
「疲れたでしょ。湯船にでも浸かって……ああ、ゆっくりで大丈夫だからね。朝も時間ないと思うから、気にせずゆっくり」
 嘘臭く微笑む貴方。まるで私のことをわかっているとでも言いたげな、貴方のズレに心が痒かった。だってそんな造られた優しさも好きで、だけど私は、本当は貴方と一緒に浴槽に浸かりたくて。
 そんな事を想って、小さく苦笑いのため息。そんなことは、絶対に言えない。
 風呂場への扉を開ければ、ピンク色のタイルが目の前に広がった。緩やかなカーブを描いた白くて大きな浴槽が可愛い。これで夜景が見れる窓が付いていたら百点満点だった。
 蛇口をひねって、頭からシャワーを浴びる。きっと一年何ヶ月というこのグレーゾーンに生まれたモヤは、ラブホテルのシャワーには洗い流されない。洗い流してくれない。
 水が流れる視界。その右下に、泡風呂用の入浴剤が目に見えた。……貴方はどうせ、泡風呂を使わなければ、浴槽にも浸からないものね。
 一度シャワーを止め、入浴剤を浴槽の底に落として、硬い蛇口をひねった。
 大きな音と湯気を立て、熱湯が広がっていく。泡が生まれていく。
 私は、再びシャワーの前へ戻った。さっきまであったモヤは、浴槽を溜める熱湯の音が響いて、少しだけ〈どうでもいい〉と思える程度に変わっている。そう、それで良い。本気になってしまえば、それこそ負けだから。
 私と貴方は、都合が良い者同士。だものね。
 関係が崩れないために、貴方といるために。表向きの関係は口に出してはいけない。この身の半分は貴方にくだらないことで消費されて、もう半身のちっぽけな恋を主体に何度だって再生する。
 そんな堕落的恋を選んだのは、私だもの。
 洗い終えた身体を、浴槽の中へと沈めていく。目の前には白い泡が雲のように、可愛くふわふわと浮いている。手の上に乗せてみれば、やっぱり重さも質量もない。
 泡風呂は良いわ。だって、まるで私を大きく見せて、本音の肉体を隠してくれる。
 必要ないものを見せないで綺麗に見せるその様は、私の虚栄心そのもの、だから。
 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 虚栄心 〉
〈 泡風呂 〉
山椒魚

眠るキャロルの森

 その日の夜は、春以来じゃないかって思うぐらいとっても涼しくて、素足に擦れた毛布が冷たくて気持ち良かったの。
 だから、寝るのにも、そんな時間はかからなかったと思う。
 ただ、いつもと違って、近付く冬を……クリスマスを楽しみに想って、眠りについた。それだけのことだった。
 その晩、不思議な夢を、私は見たの。
 気が付くと、冷たい風と聞き覚えのあるような鳥が鳴く、もみの木の森が私の目の前に広がっていた。
 月明かりだけが頼りの光。もみの木の屋根が暗がりを作ってる。
 私は不安になって、一歩後ろに下がった。でも、どこか懐かしい気もする。何かの準備中のような……そんな雰囲気。
 私は、家のベッドで眠ったはずなのに。
「おい」
 突然の声に、私は小さく叫んで高く飛び上がった。ぐるぐる回って辺りを見渡すと、背の高い猫背のお姉さんが近くに立っていた。
 ママの口紅みたいな色のパーカー。口は布マスクで隠れて、眠そうな目だけがこちらを覗いてる。お姉さん。
「あの、あの」
 なぜか知らなけれど、私は怒られる気がして、言い訳を必死に考えた。
「良い。ついて来て」
 お姉さんはぶっきらぼうにそう言うと、私に背を向ける。悪い人じゃない気がした。この人のついて行くことが正解だと、私は思った。
 私はお姉さんの後ろを歩くのが怖くて、横をついて歩く。見上げてお姉さんの顔を見ると、相変わらず眠そうな目をまっすぐ森の向こうに向けていた。
「あの」
「大丈夫だよ、ちゃんと家に帰すから。そんなことより、あんまりきょろきょろしない方がいいい。食べられちゃうぞ」
 お姉さんの一言は、私に安心と不安を与える。この森には何がいるんだろう。私にはこのお姉さんしか、味方がいないんだと思った。
 私は、そんなお姉さんに気になっていたことを質問する。
「ここは、どこなの?」
「きっと、君がとても楽しみにしてる場所だよ」
「……やっぱり、クリスマスと関係があるの?」
 そう思うのは、もみの木と、遠いようなクリスマスを想う気持ちが、私の中で結びついていたから。
「そう。ここは〈眠るキャロルの森〉。今はこうして眠りについているけれど、十二月になればモミは暖かい光に包まれて、クリスマスを想う子供たちの楽園になるんだ」
 お姉さんが少し見上げて、息を吐きながらそう言った。
 私は想像した。一面クリスマスツリーの森と、プレゼントにはしゃぎ、祝う子供たちを。
「君は少し、来るのが早すぎたね。たまにいるんだ、この時期から楽しみにしてしまう子が」
「私、またここに来れるかな」
「来れるよ。きっと」
 導かれた私は、森の出口に辿り着いた。長く続く草原の道の先には、私のベッドが置かれている。
「ありがとう、お姉さん」
「いいえ」
 私はお姉さんに背を向けて、道を歩み始めた。
「あ、最後にひとつだけ」
 後ろから聞こえたお姉さんの声に、私は振り向く。
「クリスマスの日。風邪には、気をつけなね」
 帰れなくなっちゃうよ。そう一言、布マスクのお姉さんが付け足した。

 

 

 

 



nina_thee_word.
〈 もみの木 〉
〈 布マスク 〉

ビリビリにして枕の下へ

 息を止めれば、死んでしまう。
 誰かが、みんなが、言っている。息をしろ生きろって。僕の死んでしまいたい気持ちを殺害してまで、優しい声で脅迫する。だから僕は生きている。そのために嫌いな朝だって何度だって迎えてみせるし、心をズタボロに刺されても歩いている。なのに、誰かやみんなは、僕に存在が迷惑だから死ねと言うんだ。生きろだの、死ねだの。理不尽だ。
 おかげで生きている気がしない。かといって身体は脈を打っていて、瞬きをしなければ目は乾燥して萎んでいく。死という哀の印象すら無い。
 ゾンビ。いやゾンビだったら良かったのに。もしゾンビだったなら、みんなから愛されて、真夜中のビデオデッキを前にして毛布にくるまった恋人たちにずっと見てもらえる。疲れもしないし、仲間も作れる。だけどそうじゃない、僕はもっと特別で愛されない、エラーで発信されなかったツイートのような何かだ。
「好きだけど、向こうは僕のことを嫌いだから」
 そんな理由で見送った恋があって、失恋は埃のように固まって、僕の癌として内側に存在している。ああ、欲しかった。支配して僕だけの貴女にしたかった。そんな僕だけの恋人も友人も欲しかったけど、そう願うことすら罪で、人に知られたら住む場所を奪われるような罰を受けてしまう。
 僕の中で朧げになっている恋の中で、一人だけ鮮明に覚えている人がいる。いつも周りに優しい笑顔を振りまいていて、それは僕にも。しかし、僕に向ける表情だけ特別に違う。語りかけるような優しい笑顔には「貴方はこれ以上近づかないでください」というメッセージが、密かに内包されていたのを僕は知っていた。人の皮を被った美しい悪魔。そんなあの子の歪んだ表情の記憶が、僕にとって数少ない幸福で、地べたの名もないゴミという証明だった。
 叶えたい恋があっただなんて、僕は口が裂けても言えない。誰かと笑いあいたいだなんてことも。欲望も全部全部、誰かやみんなが許してくれないから、寝る前にビリビリに破いてベッドの下に入れるだけ。
 へらへら笑って、人の記憶に残らないようにするのが背一杯。
 でも、これだけ周りから脅迫され続けても、結局正しい生き方はわかっていないんだ。その内、全世界全ての脅迫を受け入れるだけの肉塊になるんじゃないかって、びくびく怯えながら暮らしている。
 だけどもし、そんな恐怖を代償に何かなんでも貰えるとしたなら、僕はちっぽけでも良いから欲しいものがあるよ。
 息が止まるほど、ちっぽけな愛。
 僕はただ、愛されたいだけだから。

 

 

 


nina_three_word.

〈 偏執病 〉

ラストデイ

 真夏を忘れてしまったような外の肌寒さに惹かれ、私は玄関から足を踏み出していた。重たいグレーカラーの空を見て傘が必要か思案したが、余計な荷物が増えるぐらいなら、濡れても構わないという結論に落ち着く。
 ちょうど、家での仕事に一区切りがついたときだった。しかし無事納期を守れたというのに、心が何処か落ち着かない。このまま肌寒い夏の暮れを言い訳に、遠く果てに行ってしまいそうな程に。
 その答えもわからないまま、私は最寄りの駅前へと辿り着く。色の無い午後三時。自身の心境のせいか、目に映る人たちはよそよそしく見える。どうしたというのだろう、まるで「明日で世界が終わってしまう」とでも言いたげな、道行く人たちの表情。いや、そう見えるのは私自身の深層意識の影響なのか。
 ふと、駅前の青いベンチに、つまらなそうに座っている少年に目を奪われた。
 その少年が誘い水となって、今日という日付とその役割を思い出す。
 八月三十一日。月の末。夏の暮れ。
 長期休暇、夏休みの〈最終日〉。
 纏わりついていた朧げな不安が明白に、鮮明になって私の頭の隅へと落ち着いた。何か、ナニかをしなければならない、何処か遠くへ行かないといけない。その使命感の皮を被った焦燥感の正体。
 見渡せば確かに、子供の姿がいつもより少ない気がした。ああ、普通は家から出ないものか。やり残していた宿題に追われる者。学校前日という現実に打ちひしがれ家に籠る者。全てをやりきり、目標を無くした者。
 私はどうだったか。
 気付けば遠く、知らない下町へと来ていた。空はより重くなり、微かに赤い亀裂が入っているように見える。私は赤い提灯が手招きする飲み屋の路地に背を向け、閑散とした住宅街の中へと入っていく。
 焼き魚の匂いが、冷たい風に乗って鼻を掠めた。
 夏が、終わろうとしている。
 キィっと“いつかの”聞こえるはずの無い音がした。横を見れば無人の公園が、普段存在するであろう活気を失って静かに息を潜めている。街灯の下には橙色のブランコが照らされていた。
 確かに私の元に届いた、揺れる錆びた音。それを合図に、あの時あの年の少年時代の私が、ブランコに幻影となって重なり見えてくる。もはや私と分離した、遠い昔の私自身の記憶だ。不服そうな顔、夏の終わりに抗い家を飛び出たその姿。逃げ水のような〈非永久長期休暇への満足〉を追い求めていた、純粋無邪気な勇敢な少年。
 ああ、私にはもう、縁のない姿だった。抗いようのない終わりを知り、日々終焉にひたむきに進むだけになってしまった、私には。
 もうナニかの終わりを、目視してはならないのだ。

 

 

 


nina_three_word.

〈 逃げ水 〉
〈 誘い水 〉

ファイナルサマーバケーション

 高等学校に通う青年には、夕色の想い人がいた。
 青年から見て二つ下の後輩。まだ新しさが残るブレザーの制服。細い髪を後ろでくくった、うなじが覗くポニーテール。成長途中の身長と胸囲。白くて柔らかそうな二の腕と太もも。
 まだ残る幼さに、半透明に女の影が重なった、その少女の姿。
 青年は少女の事を何も知らなかった。頼りなのは、放課後の下駄箱で見かける夕色の少女の記憶だけ。
 故に、青年には想いを告げる行為への踏ん切りがつかなかった。
 想いから好意へ、好意から告げるべき愛情へ昇華するには、青年には情報が足りない。
 迷い迷っている内に、気付けば青年にとって〈制服に袖を通す最後の夏休み〉へと入ろうとしていた。
 卒業年の、下手をすれば二ヶ月のロスとなる長期休暇が始まる。それらは青年が〈恋への立ち回り〉と進むための〈最後の踏ん切り〉をつかせるには、十分な条件だった。
 覚悟を決めた青年が、始業式の中で得れた情報は一つだけ。
「ああ、あの子ね。知ってるよ、確か……文芸部の子だよな」
 式を終えて青年はすぐに、受験勉強のためだと無理な言い訳を並べて文芸部へと入部した。
 これで話す機会が増えると青年が喜んだのもつかぬ間。少女は、夏休みの間はあまり参加しないという。青年は肩を落とすが、少女の同級生たちの会話から次の情報を耳にした。
「商店街の肉屋のコロッケ屋さんが美味しいって、あの子言ってたよね」
 青年は夏の夕方の中、商店街の肉屋へと通い続け、毎日のようにコロッケを食べた。最初は美味しかったコロッケも次第に飽き始めたが、少女に出会うために青年はめげずに食べ続ける。
 こうして立ち回り続けることで、辿り着くと信じて。
 夏休み最終日。常連として、変な客として店主に気に入られた青年は、同じ学校の制服を着た女子生徒の話を教わった。
「この先にある、河原で夕方に食べるのが美味しいって言ってたよ。俺にはもうその良さはわからないが、試してみたらどうだ」
 コロッケを手にした青年は河原へと走り出す。
 この夏休みの立ち回りの中で、青年の中には少女の〈像〉が出来上がっていた。
 文芸部で聞いた少しワガママだという性格。本が大好きで読むと集中して黙っちゃう癖。コロッケが大好きで、きっと食べる時も両手で食べるその姿。
 盲目の中に、少女の想像を孕ませ続け。
 河原には、絵に描いたように、いつもより夕色な少女が立っていた。
 青年はご褒美をお預けにされていた犬のように、夏休み最終日という魔法にかかったように、少女に駆け寄り風船のように膨らんだその淡い想いを告げる。
 少女は、コロッケを片手に持ち。青年を横目に見て返事をした。
「じゃあ、先輩に、私の愛を“一回だけ”量り売りしてあげます。先輩がくれた価値だけ、私の愛を注ぎましょう」

 翌日の始業式。青年は自分が持てるだけの価値を、投げ出した。量り売りに相応しく、最もの高値を。
 少女に応えるため。少女の儚く飽きっぽい想いを、買い占めたいために。
 息するその先の時間をも、誰よりも愛されることを望んで。
 


 

nina_three_word.
〈 立ち回り 〉
〈 踏ん切り 〉
〈 量り売り 〉

夏休み最終日と世界過度期

「発射されたって、ミサイル」
 夏休みの暮れ。明日から始まる学校という現実から逃げるように、俺は友人の峰哉の家に遊びに来ていた。
 それこそ夏休み最終日らしく、やることもなくて漫画を捲っていたときのこと。
 突然の峰哉の言葉に、俺は聞き直した。
「ミサイル?」
「うん。たぶん、ミサイル」
 峰哉が、手に持ったスマートフォンを振りながら答えた。
「どこからよ」
「それがわからないんだってさ。世界各地の上空に、全て無かったことにするような大きいやつが放物線を描いて飛んでるって。まあ放物線を描いてるんだから発射地点はあるわけなんだけど、なんかそれもよくわからないらしい。何もない空き地とか、民家からだとか」
 峰哉の言ってる意味がわからなくて、俺は無意識に自身のスマートフォンをネットに繋げようとする。
「あれ、繋がらない」
「そりゃ世界中が混乱してるからさ。ワイファイ使う?」
「……良いや」
 唯一繋がっていたSNSを見る限り、騒がしさからしてそれは本当らしい。
「着弾まで残り七分……」
「それ遅いね。こっちのサイト見る限り五分だってさ」
「いや、どのみち変わらねえよ」
 俺は呆れて漫画を本棚に戻そうとして、わざわざもう戻さなくても良いのかと一瞬考えて、やっぱり本棚へと戻した。
「俺たち死ぬのか」
「たぶんね」
「それにしては静かじゃん?」
 峰哉の家に親御さんがいないにしても、窓の外はあまりにも静かだった。
「あと四分とか五分で、どうにかしようって騒がないものだと思う。僕らみたいに」
 それもそうかと、納得した俺はタンスに背を預ける。
 そんな俺の様子を見て、峰哉がなぜか安心したように微笑んだ。
「なんだよ」
「いや、ね。たぶん今回が初めてじゃないんだよ。こうして全部無くなる事。全てを無かったことにする、ミサイルが飛んでくる事も」
 また峰哉がわからないことを言い始めた、と思ったが、最後だから黙って聞くことにした。
「僕らはきっともう、新鮮なんかじゃない。古くなれば新しいものが必要になる」
「つまり、このミサイルの騒動はいわゆる“神様”の仕業……ってことか?」
「そういうこと。今はまさに世界過渡期の始まり」
 らしくもなく椅子に深く身を預けている、峰哉の言う〈過渡期〉の意味はわからなかった。しかし、終わる前に面白い話は聞けた気がする。
「なんだよそれ。せっかく席替えで良い席取れたのに、また席替えみたいな気分だわ」
「面白い例えをするなあ、君は。でもそうだね、せっかく良い居場所にいるのに、勿体無い」
 窓の外。低い音が唸っていた。
 明日から学校だったということ。死ぬ前にこいつと一緒にいれたこと。これがただの席替えに過ぎないこと。無理やり、付け焼き刃のような納得をするのには、理由が揃っている。
 続きを峰哉と話そうとしたとき、眩い光が俺たちを襲った。

 

 

 

 


nina_three_word.

〈 居場所 〉
〈 過渡期 〉
〈 放物線 〉