この後、なにがあったっけ。
ぽん、ぽん、ぽん。跳ねているボールは動き始める。ぽん、ぽん、ぽん。ボールは跳ねながら、家の中に入った。ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。ボールは、何か探すように動き回る。ぽん、ぽん。私はそれを庭の陰に隠れて見ていた。跳ねるボールはどんどん跳ねる勢いを増す。ぽん、ぽん、ぽん。夏の日差しが、家の中に深い影を落としている。あれに、見つかってはいけないと、強く思った。
ふと、生暖かい風が、私の帽子を飛ばした。太陽の光が影を作り、家の中を遮る。ぽん……ぽん……ぽん……ぽん。ボール、いや、それは、こっちを見ている気がした。
ぽん、ぽん、ぽん。
目が覚めた。十数年後の、冴えない一人暮らしをしている私の部屋。時間は、夜の十一時を過ぎている。疲れて、眠ってしまったらしい。ああ、そういえば小さい頃の記憶を夢に見た、なんだかとても懐かしくて、吐き気を催す気持ち悪い夢。あの後どうなったんだっけ、あれは……本当にあったことだっけ。寝起きの、頼りない足取りで台所に向かう。思い出そうとするけど、どうしても思い出せない。いや、思い出さないほうがいい。忘れているということは、思い出すべきものじゃないものなんだと思った。お腹が空いたし、喉も渇いた。冷蔵庫から林檎を取って、剥こうとする。真っ赤な、林檎。
真っ赤。そういえば、庭に倒れているところを、同居していた祖母に見つけてもらったんだっけ。血を流して……真っ赤になってた。なんで真っ赤に……
林檎が手元からがころん、と落ちて、記憶の紐は切れる。
寝起きは弱いものだなと思いながら、林檎に手を伸ばすと、林檎はころころと、転がっていく。ころころ、と。
逆再生するように、林檎は空中に上がって、跳ね始めた。……ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。
記憶は再び再生される。私は思い出した、ボールは、跳ねてなんていなかったんだ。思い出したくなかった。
林檎は勢いよく床に打ち付けられ、ボロボロになっていく。怖い、嫌だ。
「ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん」
真っ赤なそれは、両腕で楽しそうに鳴きながら林檎を叩きつけている。助からない、嫌……逃げられない私の頭が、それに叩きつけられ、部屋を真っ赤に染める。
妖怪三題噺に取り憑かれた相楽愛花の気まぐれ
「ボール 林檎 帽子」から。