kurayami.

暗黒という闇の淵から

めざめの国


 切れかかった照明、質素な部屋。ビンの中の錠剤が半分なくなっている。眠気を覚ますための、錠剤の形をしたカフェイン。それは、俺にとって永遠の睡眠剤だった。はやく効いてくれ、願うしかない。


 そのうち、指先が痺れてきた。なんだか冷たい。ああ、クソだな。

 

 こんな世界はクソ。就職もなにも、だめだった。この俺を受け入れてくれないこの世界は、クソだ。むかつく、死ね。

「それならこの国はどうかな?」
 俺は声をあげて驚いた。目の前に男がいる。つるっぱげの頭、潰れた鼻、ツナギを着ている。
「な、なんだお前は! 出て行け、出ていけよ!」
「出て行くもなにも、この国に来たのはお前じゃないか」
 ツナギを着た男が首を傾げる。
 辺りを見渡すと、そこは枯れ果てた森の中だった。ああ、そうか、ついに死ねたのかと、妙な納得感が俺のなかに芽生える。
「ここは、地獄か?」
「地獄か天国かで行ったら、そうだね、ここは狂った奴にとって喜ばしい地獄だね」
 まともな会話をしたかった。質問が悪かったのかもしれないと、反省する。
「なら、あんたの名前は?」
「僕の名前は“放棄屋”だ。お前の名前はAlice」
「放棄屋? アリス?」
 俺は鼻で笑う。
「俺の名前は……」
「さあはやくおいで! 飲み会が終わってしまう!」
「あっ、おい!」
 放棄屋に背中を押され、あっという間に小さい個室に通された。枯れた森なんてどこにもなかったかのように。
 そこには背の小さいガキが三人いた。ただし、頭は人間じゃない。じゃがいもの頭をしたガキ、鳥の頭をしたガキ、トマトの頭をしたガキだ。狂ってる。
「あー放棄屋だーどこいってたんだよー」
 じゃがいも頭がとろくさそうに言った。
「あれ、おじさんどこかで会ったことあったっけ」
 続けて鳥頭が首を傾げて言った。お前はすぐ忘れそうな頭だな。
「待ってたよ! はやくおいでよ!」
 最後にトマト頭が、可愛げのある声で言う。どこか好感の持てるやつだった。
「はいはい、待たせたね! アリスを探していたら道に迷ったんだ!」
 放棄屋の声に、トマト頭が「道なんてないのに!」と笑う。
「だから俺はアリスなんて名前じゃ……」
「じゃあ、なんて名前なの?」
 鳥頭が、目を合わせて俺に聞いた。
「俺は、俺は……?」
 どういうことか、名前が思い出せない。死んでしまったからだろうか。
「遅くなってごめんね! じゃあ誰が死ぬべきか決めようか!」
 放棄屋が楽しそうに言った。一瞬疑問を持って納得した、だから放棄屋なのか、と。
 そこからは、各々の自己紹介が始まった。じゃがいものとろくさい自己紹介、トマトの利口で可愛げのある自己紹介、鳥頭に関しては名前を忘れていて自己紹介にならなかった。
 討論というよりは、子供たちが楽しそうに会話をしているだけだった。その中でも、トマト頭は愛らしく話しかけてくれる。愛されるような姿勢だ。
 俺にもこんな時期があったはずだった。そう、遥か昔、子供の頃。もっと、親に愛されていたはずだった。なのにどうだ、結果がこれだ。俺はこうあるべきだったのに。
 討論は時間を迎え、放棄屋がこっちを向いた。
「さて、アリス。お前が生きるべきガキを決めるんだよ」
「俺が決めるのか? というか、死ぬべきガキを決めるんじゃ……」
「生きるべきじゃないものは、死ぬべきものだろう?」
 それは、そうだが……だが、誰が死ぬべきかを決めるよりは、気持ちが良さそうだ。
 俺は、トマト頭を選んだ。
 次の瞬間、鳥頭とじゃがいも頭が、足元に空いた穴に落下する。鳥頭の目が、こっちを見ていた。何か、こっちを見て言っていた気がする。
「本当にこの選択で良かったんだね、アリス」
 放棄屋は冷たい目を向けた。選べって言ったのは、お前じゃないか。
「俺は、俺がこうでありたいと思えるやつを選んだだけだ」
「トマトみたいになりたい?」
 なれるのか?
「お前は、誰がどう見ても鳥頭じゃないか」
 瞬間、足元に開いた穴に落ちる。それはまるで鳥頭と同じように。


「飛び降りたの、三階の烏田さんですって」
「なんでも、頭から落ちたからトマトみたいになっていたとか」
「やーね、怖いわ……」

 

 

妖怪三題噺「カフェイン A トマト」

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