kurayami.

暗黒という闇の淵から

錆びついた手

 東京のとある下町。曇天の影に覆われた午後。
 古く、錆の目立つトタンで出来た工場が、密集し、そのほとんどが寝たように、機能をしていない。
 その中の一つ、看板のない工場のシャッターが半分開いていた。中では、作業服を着た一人の男……肉月が、片付けをしている。
「工場仕舞い、というのは本当だったんだな」
 肉月がシャッターの方を見ると、スーツを着た男が立っていた。
「ええ、すみませんね。うちの工場は昨日で、死にまして」
 肉月が、近くにあった仕事用ナイフを手に、男に近づく。しかし、その男は肉月の知っている男。
「どうも」
「なんだ、お前か」
 蒲根。肉月がかつて、工場業を営む前に、一緒に“仕事”をしていた仲間。元々はその世界の人間だった。
「ほらこれ、祝いにさ」
 そう言って、蒲根は肉月に缶コーヒーを投げた。受け取った肉月が眺め、ため息をつく。
 肉月は、ブラックコーヒーが飲めない。蒲根は知っていての嫌がらせ。
「相変わらずだなお前は」
「ああ、ごめんな、間違えたよ」
「じゃあ、ほら、僕からもこれ、この工場最後の商品だ」
 肉月が、袋詰めに加工された商品を、蒲根に渡した。
 それは、一見すると竹輪のように見える。
「俺、この練り物はあまり好きじゃないんだけど」
「ああ、知ってる。お前は歳上好きだもんな」
 仕返しにと、肉月が笑った。
「……本当に、工場終わらせちまうんだな」
「潮時だ」
「ここら辺、なんて呼ばれてるか知ってるか?」
「知ってる。子消しの町、だろ」
 子消しの町、消えていく子供たちを恐れ、外の人間がつけたという。別に、子供たちは消えてるわけではなかった。例えば、その子供たちは今も、蒲根が手に持っている〈竹輪のような練り物〉として、形を残している。
「お前はやり過ぎた」
「仕方がないだろう、需要があったんだから」
 七年前、子供専門の人肉練り物加工のために、この工場は作られた。材料の仕入れ先は、主に工場周辺として。“竹輪”は、その手の富豪層に求められ、売り上げは上々だった。
 いや、求められ過ぎたのだ。その危険な食欲と、男の手際が、その町から子供を隠してしまった。
「次はなにをするつもりなんだ? まさか、ここに来て手を拭うつもりじゃ、ないだろうな?」
 蒲根の言葉に、肉月は片付けの手を止めて、一瞬黙った。
「……次は、そうだな、人肉専門のレストランなんて、いいかもな」
「はは、そうか、相変わらずやるんだな」
 どこか、余裕があるように見せる風に、蒲根が言う。
「なあ、お前さ。もしかして、自分はその手を拭えたとでも、思っているのか」
 肉月が、最後、練るための機械に布をかけ、蒲根に問いた。へらへらしていた蒲根が、固まる。
「お前はこの先、いや、生まれ変わったとしても、その染まった手は拭えないよ」
 そう言って、肉月は缶コーヒーを投げ返し、蒲根を置いて工場の奥へと消えていった。
 

 

妖怪三題噺「ちくわ こけし 手拭い」

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