kurayami.

暗黒という闇の淵から

毎週火曜の影法師

 僕の友達に、嬉しいことがあれば、咲いた花のように華やかに笑う女の子がいる。花とか、天使とか、柔らかくて光に満ちたような比喩が似合うのが、彼女だった。単純に容姿が綺麗だとか、そういうわけじゃなくて、ただただ純粋さが美しい。他のクラスメイトがそれに気付いていたのかはわからないけど、周りから愛されるようなタイプだった。
 彼女とは、席替えのたびに近くの席になり、帰り道の方向も一緒で自然と仲良くなっていった。その花笑み見たさに、よく僕の方から話していた。そこに恋愛感情があるわけじゃない。確かに総合的に言えば、彼女は可愛くて天使みたいだったけど、愛せたり大切にしたりという、何より僕なんかじゃ駄目だと根本のところでわかっていた。
 いや、そうじゃない。彼女に恋愛感情を持てないのは、きっと放課後の、夕焼けの影法師のせいだ。


「……佐原が体育着のまま授業受けたのは、若干僕のせいでもあるんだ」
「ふふ、そうなの。じゃあ、佐倉君が悪いんだ?」
 放課後。彼女は、相変わらず花が咲いたように笑った。夕暮れ時の坂道、僕らは並んで町へと降りていく。選択授業を終えた火曜日、僕らは一緒に下校をする。
 坂からは影のできた街が見え、僕らの前には二人分の影が並んでいる。
「確かに僕が悪いけどさ、バケツを持って走ってきたら、誰だって避けるだろ?」
「そうね。確かに」
 会話が一旦途切れ、無言になる。彼女と話していると、不自然で居心地の良い無言が多い。最初は、彼女のその天使たる所以だと思っていた。
草加だったら、水をかけられたらどうする?」
 僕が、彼女に質問をする。
「んー」
 少し、彼女は考えた。
「同じことする」
 後ろを遮った人の影で、彼女の影が揺れたように見えた。
「でも絶対バレたくないから、その人がトイレに入ってるときとかに、上から水をかけるかな」
 彼女の顔は、夕影で塗り潰されている。
「許さないんだ?」
 恐る恐る、質問をする。
「うん、絶対に。許す必要ないもの」
 刺々しいことを、彼女はいつもの声のトーンでそう言った。
 純白が汚れていたら目立つように、彼女の濁りは際立った。その濁りを見せるのは、決まって二人で帰る放課後だけ、でもそれは、一緒に帰り始めて二ヶ月経った頃とかだったから、彼女が僕に心を開いた結果なのかもしれない。
 毎週火曜日、彼女の濁った影法師を見る。年相応の、少女として、無邪気の裏側に濁りを持つのは当然かもしれない。
 しかし彼女の濁りは、普段の花笑みに対して相反し過ぎていた。


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〈 影法師 〉

〈 濁り 〉

〈 花笑み 〉