kurayami.

暗黒という闇の淵から

リバシブルボーイフレンド

「いやあ、困ったなあ」
 私の部屋、ベッドの上。
 全裸の彼がそう言ってるけど、きっと嘘。
「困ってなんか、いないでしょ」
「はは、貴方。普通の人間なら、皮膚を全部裏返しにされたら『困ったなあ』って言うものよ? なにを疑っているんだい」
 そう言う彼は全裸で、拘束されて、私に皮膚を全て剥がされ、裏返しにされている。剥き出しになった皮膚はもう彼の一部じゃない。まるで、細胞で出来た衣類。
 真っ黄色な、彼。
「普通はね、痛がってパニックなって『困ったなあ』なんて言わないの。口にも出さないものなの。その呑気さが嘘の証明なの。わかる?」
 私がそう疑う理由は、それだけじゃない。
 彼はこれまで、一切私に裏を……本性を見せて来なかった。
 今だって痛がってくれない。まるで、ずっと演技をする道化だ。
 頑張って裏返したのに、これでもだめなの。
「わかる、わかるよ。けどさあ……『困ったなあ』って今使うべきだと思うんだよね。すごく困ってるんだもの。ああ、困ったなあ」
 ヘラヘラと彼が笑う。ああ、本当に困っていない。もう内側から裏返すぐらいしないと、その裏を見せてくれないのかな。
 ……いや、そんなことをしても、彼はきっと、見せてくれない。
 裏返し切れない。最愛の彼を知ることが出来ない。
  ♀/♂
 僕は困っていた。
「痛いんでしょう、痛いって言って。言ってよう……」
 裏返されて困っているわけじゃない。彼女の愛故の行動なのは、わかる、むしろその事自体は嬉しいんだ。
「あーふふ、痛い痛い」
「笑わないで!」
 困っているのは、まず、彼女が僕を知ろうとしていること。
 本性を知ろうと、こんなにも動いていること。
「ああ、ごめんよ。なんだか面白くて」
 面白いわけではない。本当に困っている。
 彼女のことを心の底から愛している。この僕の世界の中では彼女しか有り得ない。こんなにも僕を知りたい故に、皮膚を裏返す彼女が愛おしい。近付く男がいるのなら金を払って追い払う。
「嘘ばっかり!」
 僕は、そんな気持ちを一ミリも知って欲しくない。拒絶される可能性が、一ミリでもあるかもしれないからだ。
 推測もされたくないから、感情だって一ミリも見せてやるものか。
 だけど、本当に困ったな。だって、
  ♂/♀
「ハハ」
「また笑って……ねえ……」
 どうしたら、見せてくれるの。どうしたら、私に本当の気持ちを見せてくれるの。その気持ちが好きだとか嫌いだとか、どっちでもよくて、私は彼の本当の気持ちを知りたいだけ。
「ハハ……」
「ねえ、私、貴方の側にいていいのかな」
 彼は、答えない。
 まるで、死んだように静かになって……ねえ、教えてよ。

 

 


nina_three_word.
 

〈 裏返す 〉

 

〈 困らす 〉