kurayami.

暗黒という闇の淵から

求めるは同一

 陽の光も届かない、豆電球頼りの暗い地下室。そこに一人の少年が、横たわっていた。
 少年は小柄な身体に、整った小さな顔して、長い前髪を顔に掛けている。服装は制服のズボンに、白シャツ。しかし、乱暴でもされたかのように、白シャツは所々ボタンが飛び、ズボンは破けている。
 少年が目を覚まし、ゆっくりと上半身を起こす。辺りを見渡し地下室だということを認識し、ここまでの経緯を思い出そうと、小さな頭を項垂れた。
 しかし鉄の扉の向こうから現れた男の登場によって、少年は事の経緯を思い出すこととなる。
「やあ、目が覚めたかい。根津少年」
 スーツに身を包み、顎鬚を蓄えた男が少年……根津葵に挨拶をするように、訪ねた。
「……種ヶ崎先生。家に、帰してください」
 根津が男……種ヶ崎浩志を睨んで、言い放つ。
 遡ること数時間前、放課後。根津は学級日誌を提出しに、職員室に寄ったときのことだった。帰ろうとした根津を数学教師である種ヶ崎が呼び止め、授業で使う資料を運ばせた。
「なんで、僕が……見るからに貧弱なのに」
 根津がダンボールを運びながら、文句を言う。
「はは、いいじゃないか。帰り車で送ってやるから」
 そして、種ヶ崎は車に乗る寸前の根津を、後ろから殴り気絶させた。それが根津が思い出せる、最後の記憶。
「まあ、帰してくださいって言って帰すなら、こんなことしないよな」
 種ヶ崎が根津の前にしゃがみ込む。
 根津が、立ち上がろうと足に力を入れた。
「ああ、アキレス腱を切ったから動かないだろう」
 両足にある深い傷、流れ出る血を見た根津が、低い呻き声を漏らした。
「認識ってのは大事だ」
「なんで……こんなこと」
 根津は、この状況とまるで合わない笑顔をする種ヶ崎に、弱った声で聞く。
「目的、それも大事なこと」
 授業をするように応える種ヶ崎。
「俺はだね。君のことがとても、お気に入りなんだ」
 根津は種ヶ崎の返答に、理解が出来ないまま、言葉の続きを聞く。
「しかし、どうも君は欠けている。それもまあ魅力的なんだが、もう俺は我慢出来そうにない」
 種ヶ崎は立ち上がり、見下すように根津を見る。
「君は俺の十分条件であり、俺は君の必要条件である」
 疑問に塗れた顔をした根津の片足を、種ヶ崎が踏み付けた。
「しかし、君と俺は必要十分条件にならない。何故なら君は欠けている。俺にあって君には無いものがたくさんあり過ぎるからだ。君は俺の中の一部でしか無い」
 高い声で喘ぐように、根津が叫ぶ。それを無視して種ヶ崎は言葉を吐き続ける。
「根津葵と種ヶ崎浩志は同一の存在であり同一の肉体であり運命共同体である。これは、俺らの命題なんだよ、根津」
 苦痛の中、恍惚に種ヶ崎が吐く中、根津は一つだけ理解した。
 種ヶ崎浩志は、普通ではない。
「なあ、根津。俺が君を、真にしてあげよう」

 

 

 

 

 

nina_three_word.

必要十分条件