星一つ見えない雲隠れした夜の下。小さな島の村には横笛の音色と、猫の面をつけた人々の念仏が、あぐらをかいた私の周りを渦巻いてた。
十七の誕生日を迎えた今日、私は人の身分を捨てて〈ノロ〉となる。
神から祝福された女子として。人知を超えた異の魂として。
褒められることだった。誇れることだった。
例え、恋を知ることも叶わない、乙女としての喜びを二度と味わえない、欲とは程遠い身になったとしても。
夢は、いずれ潰えるモノ。
この音色と念仏が静まり返ったとき、私は、もう。
「おい、誰か水を持ってこい!」
叫び声に、私は顔をあげた。視界の端と端、遠くに見える木々が燃え盛っている。儀式の段取りで燃やすだなんてことは、聞いていなかった。
「厄災だ」
「失敗したというのか」
「狼狽えるな! 儀式を続けろ、降霊を切らすな」
目の前で混乱する人々に、私は思わずぼんやりする。これは、私の儀式はどうなるのだろう。そんな心にもないことを考えていたら、誰かが私の手を強く引っ張った。
「お、おい」
「えっ」
手を引っ張ったのは、近くにいた猫の面をつけた青年。
いや、ううん、私知ってる。この人は。
「あ、う、行こう。逃げるよ」
まるで断言することに慣れていない、そのか弱い声を私は知っている。
私は青年に手を引っ張られるまま、迷いのない足で茂みの奥へと連れ出された。
その逃走は予め決められていたのか、隠された獣道を確かに踏み進んでいく。しかし、音色と念仏の声は私がいる場所がわかるかのように、後ろから着いて来ていた。
茂みを抜けた先は、この小さな世界の淵。白い浜辺。
上がった息を整えるために、青年が猫の面を外した。その顔はやっぱり、私の記憶にある顔。
村で一緒に、何度も時を重ねた、同い年の。
「一応……一応、聞くよ」
振り返った青年が私と向かい合う。その顔は緊張感に溢れ、まるで余裕が見られなかった。
「俺と一緒に、この島を出てくれないか」
青年は言葉を短く選んで、震えた声で私に告白をする。
ああ、夢、みたいだ。
「よろこんで」
断らない理由なんか、なかった。私を選んでくれたこの人を、離さない理由だなんて何処にもなかったから。
ホッとした青年が喜ぶ間も無く、遠くに見える船へと私を案内する。
後方からの音色と念仏は、いつの間にか止んでいた。
〈ノロ〉の降霊儀式はもう既に、終えていたらからだろう。
ああ、青年。君は実に不幸だね。誰よりも小心者の君を動かしたのも、この非現実的な逃避行も、私と船で二人きりになるのも。
これは大いなる運命の呪いだ。青年。
世襲終身。次の〈呪〉を、私の身に宿そうじゃないか。
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〈 小心者 〉
〈 駆け落ち 〉
〈 祝女 〉