kurayami.

暗黒という闇の淵から

醜態へ

 拝啓 おだやかな水流を手の甲に感じて、お父さんを想い、ペンを持ちました。
 お元気ですか。私が家を出てもう七年が経ちましたね。女子中学生が大人になるような時なのですが、不思議と私は、そんなに長いとは思いませんでした。お母さんとは会っているのでしょうか。会ってないでしょうね、私が無理に会わせていたようなものですから。お父さんは、私が家を出てせいせいしてるでしょう。私に、多額の借金があったことも、お父さんは知らなかったことでしょう。この借金が、なんなのか、心当たりはないでしょうか。あの、お母さんの借金ですよ。きっと、お父さんに会えなくなり、蒸発したのか、私にはそんなことはわからないです。ただ、お母さんは消えた、それが事実なのです。母が消えたことにより、背負っていた借金は私に回ってきました。私は、私は必死に逃げました。遠く、遠く。だから私は、千葉に引っ越したのです。でも、彼らは来ました。ええ、タチの悪い人たちです。そこから借りていた母も、母ですが。私は、彼らの、九十九里海岸沿いにある倉庫へと、連れて行かれました。そこから私は、長い間、身体を傷つけられました。もしかしたら、それはたった数日の出来事だったのかもしれません。しかし私には何ヶ月のように感じました。彼らは浅く、私を傷つけ、痛めつけるというよりは、恐怖させるような、そんな意思が感じられました。まるで、これ以上の痛みがあると、脅すかのように。とても、怖かったです。私は大人になって初めて、駄々をこねました。怖かったのです。そして、それを終える最後の日。倉庫に空のドラム缶が用意され、私は悟りました。ああ、死ぬんだって。その後はもう、今までのものとは非にならない、絶する痛みを受けました。左腕を折られ、両足を折られ、ボールペンのように細い鉄を、胸に、腰に、何度も刺されました。今まで内側にあったものが外に出て、外気に触れて冷たいような、でもその痛みによる熱は、苦しいものです。私は浅くセメントを流されたドラム缶の中へ入れられました。このまま、生きたままセメントを流されるんだと、覚悟をしました。でも、私の入ったドラム缶に、先に入ったのは、セメントではなかったのです。冷たい、とり肉にのようなもの。彼らはそれを、私の恋人の、彼の臓器と、私が彼にプレゼントしたネックレスを手に、言いました。私は、痛みによる叫びとは違うものを、声から出しました。上を向いて、その声を出し続け、セメントはついに、私に流されました。固まっていくセメントの中で、私は徐々に、その姿形を固定されてしまいました。それはもう苦しかったですよ。口の中にセメントが入ったことで私は口を閉じることもできず、首を動かすことも、なにもできず、苦しい時間。ただ、私の右腕だけは、ドラム缶から生えるような形で、外に出ていたので、指だけは動かせました。これは、彼らの仲間の内の一人が考えたことでした。船に乗せられた、ドラム缶の私は、どこか、深い海へと落とされました。きっと千葉の海だとは思います。右手に、海の冷たい温度。そこから身体全体に、冷気が覆いました。お腹に乗っている、彼の臓器も、冷たくなりました。右腕が生えた付け根、固まったセメントにヒビが入り、少し砕けて、私の顔が表に出ました。遠く遠く、水面の向こう側に明かりがあるような、でもそれも徐々に遠くなって、真っ暗闇になりました。なにも見えない深海。私はとても怖くなりました。なんで、こうなったのか。私は元凶が何かを考えて、決めました。彼らに住所を教えたお父さんを、私は、許しません。この手紙が水に濡れて、字が滲んで、読めなくなってしまわないか、それだけが心配です。近いうちに、そちらに向かいます。待っていて、ください。
  香奈より

 

 

 

妖怪三題噺「セメント 缶 手紙」

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