kurayami.

暗黒という闇の淵から

かれおちる

 花弁が落ちるような動きで、ひらり、ひらりと、僕は落ちていった。


 それは花がひっそりと脇役になる、夏のこと。暑さが少しずつ体力を奪っていく、夏のこと。
 中学校は長期休暇に入り、僕みたいな帰宅部は日差しから逃げるように、家に篭っていた。クーラーの付いた自室は天国だったし、冷えた炭酸飲料はより一層、僕をこの家に束縛する。
 しかし、やることがないとないとで、普段考えないようなことを考える。計画性のない理想の旅行。現実味のない将来設計。有りもしない幻想物語。
 何より、あの子のことは、やけに具体的に考えていた。
 今、なにをしているんだろう。
 こうして想うようになったのは、たぶん、あの言葉を聞いたから。
「ねえ、私が無料だったら、買ってくれる?」
 何気ないあの子の言葉は、たまたまスーパーで出会って、外で一緒に駄菓子を食べるときに聞いた。僕は確か、深く考えもせずに「そのうち、買うかも」だなんて、本当にただただ思ったことを、口に出していた。
 それを聞いたあの子は、とても嬉しそうに、はにかんだ。
 それから少しずつ、僕らは距離を詰めていった。僕は純粋に友達として仲良くなりたいだけだった。でも、いつの間にか僕とあの子の距離は友達では済まなくなっていたんだ。
 あの子は、赤色が綺麗な涼しい夏の夕焼けの中に、僕を連れ出すようになった。犬を散歩するように僕を連れ歩き、懐いた猫のようにあの子が身体を近付ける。
 そしてあの子は、自身の好意を受け取って欲しいと、度々口にするようになった。僕に貰われたいと願うあの子は笑っているけど、その目の奥は本気で、狂気じみている。自身の存在価値に、酷く貪欲に飢えている。
 僕はと言うと、そんなあの子に戸惑いながらも惹かれて、首を横に振って迷っている内に、あの子の底に落ちていた。あの子が気になって、仕方がなかった。
 しかし、これを恋と呼ぶのには、何か違う。
 あの子は、僕が落ちていることを知らないままで。
 僕は、あの子の好意なんて、存在なんて、一切いらないんだ。
 ただ、そうして僕が落ちていることにも気付かないまま、永遠に貰われるのを期待して待っていて欲しい。どうかその期待する笑顔を、無くさないで欲しい。
 もちろん、この夢のような時間は、夏のように短いだろう。
 それでも、僕の願いはそれだけで、それ以上じゃなかった。


 ひらりひらりと、いらないあの子の貪欲の魅力に落ちていく。
 そのうち、存在を貰い切るそのときまで、僕はずっと枯れ落ちていく。
 

 

 


nina_three_word.

〈 いらない 〉

〈 ひらり 〉

〈 そのうち 〉