kurayami.

暗黒という闇の淵から

蓮のプリムラ

 生気を掻き消した十畳の和室の中を、夏の日差しが縁側から伸びて、薄く照らしている。遠くから油蝉の鳴き声がして、目の前の仏壇から涼しげなリンの音が聞こえた。
 優木江莉香が死んで、今日で三十五日目。
 今日のお参りに、私ともう一人、女の子が来ていた。
 名前は確か、江莉香の葬式のときに名簿で見た。真咲、
「葉子さん、ヨウコさん」
 帰る間際、真咲葉子が優木家の敷地を出たところを、私は呼び止める。
「……ヨウコ 、じゃないです。ハコです、葉子」
 彼女は不機嫌そうに、目を伏せてそう言った。
「あら、ごめんなさい。ハコさんね……覚えたわ。初めまして、私の名前は永山澄花って言うの。よろしくね」
「なにが、よろしく……なんですか」
 私の差し出した手を触ろうともせずに、彼女はジィと私を見た。
 わかっていないのかしら。それとも、わからないフリ、かしら。
 貴女と私の、共通点。
「私たち、江莉香に取り残されたモノ同士、でしょう?」
 私の言葉に、彼女はあからさまに目を細めた。
 それはきっと、私が江莉香と、呼び捨てにしたせい。

 江莉香は才色兼備に優れた、私のクラスメイトで、私の友達で、私の憧れで……私の、初恋だった。
 記憶の中の江莉香はいつも、頬杖をついて上目遣いで私を見ている。聞けばなんでも答えてくれたし、頼る私を可愛がってくれた。動けばスミレの香水の匂いが微かにして、鼻腔に入るたびに頭が熱くなる。
 けど、江莉香は〈お気に入り〉以外に興味を持たないから、いつも他の女の子に嫌われていた。私だけ、私だけが、あの学校唯一の〈お気に入り〉で、側にいることを許されていたの。
 言葉や仕草、江莉香に関することは全部ノートに書き込んで、時間があるときには読み返して江莉香を想像していた。想像するたびに、思考が書き換わっていく感覚が気持ちよかったから。
 ああ、今思えば私の初恋は、成ってしまたいほどの愛、だった。

 学校の外にもう一人〈お気に入り〉がいると、江莉香は言っていた。
 それがきっと、目の前にいる不機嫌そうな彼女。
 話してみてすぐにわかったわ。だって、あまりにも似てるもの。私たち。
 今は亡き英華に惹かれてしまっていたとこ。中身が空っぽそうなところなんかも、特に。
「ねぇ、仲良くしましょう?」
 私は自ら彼女の手を取って、小指から順に……花が閉じていくように、その小さな手を包み込んだ。
 彼女の表情が、変わっていく。それもそのはず、この仕草は江莉香のモノだったから。
 私は彼女の手を引っ張り、私の元に引き寄せた。彼女の、黒いワンピースがふわりと揺れる。
「……貴女には、私が必要なんじゃ、ないかしら」
 小さな耳に、私は口付けをするように囁いた。彼女は身震いはするけど、抵抗しない。
 ええ、大丈夫よ。きっと私たち、うまくいくわ。
 江莉香のための、一対の常花のように。
 枯れない花のように。
 死想を原動力とした永久機関のように。


 この悲しみを元に、青春を始めましょう。
 

 

 

nina_three_word.

〈 常花 〉
〈 英華 〉
プリムラ

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