kurayami.

暗黒という闇の淵から

言い訳

 この揺らぐだけの真っ暗闇の中に篭って、何日が経ったのだろう。
 もう、贖罪の意識に覆われ何年が経ったのだろう。
 鑑識官だった頃の記憶が、酷く遠く感じる。
「おい! やっぱり中から音がしたぞ」
 先輩は元気だろうか。強く生きているだろうか。
 まあ俺にそんな、心配する権利なんてないけど。
「けど、いいんですか。勝手に開けたりして怒られません?」
「構わん。そんなことより、中に人が囚われたりしていた方が問題だ」
 ああ、そろそろ終わりにする頃合いだ。きっと世界もそう望んでいる。
 金属が擦れる音がして、暗闇に細い光が一線が現れた。
 コンテナの扉が開かれ、男二人が中に入り込む。
「暗いな、ライト持ってるか?」
「ああ、はい。……っと」
 後から入ってきた男が、腰に下げていたライトを点けた。
「何もない……か。気のせいだったか?」
 先に入った男がそう言った直後、もう片方の男がしゃがみ込む。
「これ、なんですか。え、これ、指」
 男が床に落ちていた、俺が狩った指を手に持った、その瞬間。俺は暗闇から踏み込んで、ライトを持った男を壁に蹴っ飛ばし、もう片方の男の背中をナイフで刺し込んだ。
 男たちが悲鳴を上げないうちに各々の喉を裂き、致命傷を負わせる。
 この二人だと、いいんだが。
 二人の指を切り落とし、血を軽く塗ってメモ帳に押した。俺は二つの指紋と、記憶の中に存在する、あの忌々しい指紋を重ねる。
 ああ、違った。まだ終わらないのか。
 篭っていたコンテナを出ると、満天の空と、静かな波の音が聞こえた。
 あの男は、この貨物船に必ず乗っているはずだ。
 もう何年も追った。先輩の娘さんが襲われたあのとき、鑑識に回ってきた指紋判別を俺が間違えなければ……娘さんは再び襲われ、殺されることはなかった。
 俺は罪を償わなければならない、必ずこの罪を滅ぼさなければならない。そのために男という男の指を狩り、あの指紋を探し続けた。いつか、あの指紋に辿り着けると信じて。
 そしてついに、俺は一つの手掛かりを掴んだ。娘さんが襲われた港。あそこに立ち入る船は、一隻の貨物船だけ。
 揺れる貨物船の中を、見つからないように進む。
 読みが正しければ、この貨物船に指紋の男は乗っているはずなんだ。
 大丈夫だ、俺は元鑑識官。元警視庁。
 必ず、あの指紋の男の指を、あれ、今日の夕飯って、なんだったっけ。昨日だったか。
 瞬間。思考がこんがらがり、背中に鋭い熱を感じた。身体中から体力が抜け、床に落ちる。
「おいおい、俺以外に人殺す奴なんて初めて見たよ」
 頭上で軽く笑うように、男の声が聞こえた。
 やっぱり俺の読みは、間違ってなかったんだな。しかし嬉々として立ち上がろうにも、男に足で背中を押さえつけられ、立ち上がれない。困ったものだ。
「さっき見たけど、あんた指フェチかなんか? 変わってるよねえ。まあ、そんなに指が好きなら食ってみたら?」
 そう言って男は、俺の指を切り落とした。
 激しい痛みは思考をかき混ぜ、走馬灯のようにはっきりと自覚と再確認を俺に強要する。
 ふと、混ざる思考の中に、罪も罰も、俺の中にはないんだなあ、なんて、今更呑気に気が付いてしまった。それだけのこと。

 

 

 

 

 

 

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〈 貨物船 〉
〈 贖罪 〉
〈 指紋 〉