蒸した体育館の終業式の中で、私は冷たい眼差しを全体で感じ取った。髪の隙間から視線の元を辿ると、隣のクラスの佐久間美波の姿が目に入る。
普段は大きくてくりくりしている目が、糸のように細くなって、音も無く私に眼差しを向けている。
その眼差しに私は答えられない。知らない。
私が美波と出会ったのは、放課後の暇潰しのために入った去年の美術部でのことだ。
数ある文化部の中から美術部を選んだのは正解で、特別技術がある人が揃ってるわけでもなく、活動もそこそこに馴れ合いの多い活動をしていた。人と意味のない会話をして時間を忘れる。それがなんで悪いのかとかわからなくて、ただ心地良かった。
美波は部員の中でも際立って、意味のない会話の波長が私と合う。お互いの会話のペースか、趣味か、話し方か。わからないけれど会話をする回数が、時間が多くなる程に、私と美波の距離は縮まっていった。
気付けばお弁当の時間も一緒になって、なんとなく仲の良い友達なんかいつの間にか霞んでいて、美波は私の親友になっていた。
私は美波の一番の友達。美波にとって私は、居なければならない依存対象。
けれど、私はそうじゃない。美波がいなくても、困らない。
右斜め前の男子が足の位置を直した。相変わらず校長先生の話は長くて、この体育館に閉じ込められた生徒たちは根を上げている。
そしてまた、美波の視線を感じた。
きつくて、鋭くて、痛くて、底冷えしてるけど、感情的な視線。
まるで、私のことを「人殺し」とでも言って、忌み嫌ってるような。
私は殺していない。誰も、殺してない。
ただ、美術部を辞めるだけ。
それを美波が許さなかった。まだ文化祭の作品展示が残ってるだとか、今辞めると後輩たちに悪影響だとか、建前を並べて。
本当は、自身が可愛くて寂しいだけなのにね。
そんな建前を並べて、引っ込みがつかなくなった美波は私を突き放してしまった。〈美波にとっての私〉と呼ぶべき自身の依存対象が無くなって、私を恨むようになった。
消えて無くなったのは私のせいじゃなくて、美波の自業自得なのに。
寂しいんだろうね。私は寂しいよ。だけど引き止めるほどじゃない。
きっと、この終業式が終わって長い長い休みが来れば、美波の恨みも勝手に消えて、二学期の学校で会う頃にはお互い何も無かったかのように廊下ですれ違う。
私はそうやって忘れられてしまうことが、とても寂しい。
この夏休みが、二人にとっての暇乞いになる。
高温の熱気と、長い時間に、二人の身を任せて。
nina_three_word.
〈 眼差し 〉
〈 際立つ 〉
〈 暇乞い 〉