kurayami.

暗黒という闇の淵から

射抜いたナイフ

 その人体研究への熱意を、研究員の健康にも向けてくれと僕は溜息が出る。
 何故なら、出来立ての研究所は冷房管理が整ってもいなく、新品の厚手の白衣が僕を蒸していたからだ。
 一ヶ月前に戦争が始まってすぐに、アジア政府は現医者のアヤツジ博士を筆頭に博士号を持つ人体研究員を秘密裏に集めた。
 人体強化人間生物兵器の製造を、目的として。
 アヤツジ博士が第一プロジェクトの要として、研究所に持ち運んだのは北の地の種族、シラキ種を数人。生命力が非常に強いシラキをベースに、純粋に身体的ダメージの強い人間を造って、その細胞をこれから先の人体実験に活用していくという。
 つまり、人体実験のショックで下手に死なないように、身体を強くするための細胞を持つ身体を造るのが、これからのプロジェクトだ。
 その前に、僕が暑さで死にそうだけれど。この個人研究室に偶然置いてあった、雑音を奏でるオンボロ扇風機が僕を生かしてくれている。
 さっさと終わらせて、冷房のある国家学院に帰ろう。さて、そろそろ薬は効いてきた頃合いだろうか。これでもう四回目だ、馴染んで貰わないと困るんだが。
 後ろを振り返ると、黒髪を首元で切り揃えたシラキの女がきょとんとした顔で、鎖を巻いた足を折り曲げて座っていた。
「……怖いとか、ないのか?」
「こわい?」
 僕の質問に、シラキの女は質問で返す。意味のないやり取りだったのかもしれない。
 僕は検査針を片手に持って女に近づいた。相変わらず女は恐怖を微塵も感じていない顔で、僕を見上げている。
 針を女の足の小指に深く刺すと、一瞬の間を置いて全体が翡翠色に変わった。結果は陽性。成功だ。
 僕の作った薬が、シラキの身体と強く結びついた事を意味する。つまり、強くなるための細胞を持った身体、になったはず。
 それを確かめるために実験をするわけだが、さて、どうしよう。
「それ、さして?」
 迷っていると、女が何かを指してそう言った。
 指した方向を見ると軍事用のナイフが置いてある。
「何故それを?」
「わたしも、どれぐらいつよくなったか、きになるから」
 なるほど? いや、なるほど、とはならないな。希死念慮……とは違う、なんだ、そういう身体を鍛錬する種族だとかは聞いていないが。
 まあ良い、乗り気であるなら今やらない手はない。
 僕はナイフを片手に、女に跨る。
 女は、僕を蕩けた目で見ていた。その時になって気付いたが、シラキとは関係無くこの女自身の性癖のようだ。
 身体危機への興奮か、とんだ変態だ。
 しかし僕も僕で、その目を見ているうちに何故か焦ってしまう。早く挿し入れなければと、まるで童貞のように焦ってしまうのだ。
 そして微かな焦りは僕の理性を容赦無く奪い、死んでしまう事も考えず心臓付近を目掛けて、深く刺す。
 しばらくナイフが女の中の硬い何かに刺さったのを、手のひらで感じていた。女が血を吐き、呻き声を出して我に帰る。思わずナイフを引き抜くと、血がどぷっと漏れて床を濡らした。
 実験の事をすっかり忘れていた……が、顔を上げた女がにこっと笑ったのを見て僕は、
 実験の成功と、自身が恋と歪んだ性癖に落ちた事を、確信した。

 しばらくして僕は、彼女を博士の元へと返却した。
 それは実験に成功した切り離しても死ぬ事のない細胞、彼女の手脚だけ。
 脳と心臓、身体、その表情は、僕の性と恋の一時の実験のために。絶対に返すわけにはいかなかった。

 




nina_three_word.

〈 返却 〉
〈 サンプル 〉
〈 ひととき 〉