あれに出会って私が逃げ延びれたのは、これが初めてかもしれない。
まあ、これが終わりなんだろうけど。
冷たい冷たい夜。本当だったら身震いして寒さに浸るはずなのに、今はもう震える力もない。身体が動かない。全身は傷だらけで、片足なんて繊維で繋がってるみたいに、ぷらぷらしてる。
たぶん、この夜に死ぬから。
あれらがすぐそこまで来てるのに気付けなかった。ああでも、きっと気付かなかくても、あれだけの数がそこまで迫っているのなら、遅かれ早かれ私たちは死んでいた。
あの人も、死んじゃうのかな。
私なんかよりずっと強くて、生きるという芯がブレないあの人。この終末の世界で誰よりも信頼できる。私なんかいなくても大丈夫だと思うけど、だけど、少しだけ心残り。
心配? ううん、違う。私自身心残りなんだ。
もう少し一緒に居たかった。もう少しだけ頼って、甘えたかった。縋ることが、許してもらえることが、とても心地良かったから。
身体を引きずっていた腕が、動かなくなった。腕だけじゃない、他の傷がみるみるうちに膿んでいく、膨らんでいる。あれの爪になんか塗られていたんだろうな、趣味が悪い鉱物たち。じわじわ殺していくなんて、人間の特許なのに。
ああ、なんとかして廃墟街の果てまで辿り着いたけど、もう、ここまで。化膿に飲まれていく。最後にあの人の顔を見たかった。でも、こんな顔じゃどのみち会えないな。笑っちゃう、こんな最期に女の子になるなんて。
急に寂しくなって、あの人がいる隠れ家がいる方向を見た。街の外、荒れ果てた地の向こう側に、黒い山のシルエットと星空が見える。あの人が言っていたっけ。人間が減ったからこそ、汚かった夜空が綺麗になったって。だから、今だからこそ見れる景色だって。人類がこんな窮地に立たされた代償に、綺麗な星空を楽しむだなんて、その時は理解できなかった。でも、この死の間際に見る今なら、そうなのかなって思えるよ。
だって、本当に綺麗な夜空。死への恐怖も、忘れそうなほど。
あの夜空の中には、動かない星〈ポラリス〉があるらしい。廻る星たちの中心に位置して、何千年何万年と変わることがなく。そう、まるであの人みたいに。聞いた時から思っていたんだ。私にとっての、変わらない安心。人が死んでいく、世界が終わっていく中で、あの人だけ変わらなかった。
〈ポラリス〉は、どこにあるんだろう。
気付けば化膿に包まれていた。全身が痛くて、もう何も動かない。ああ、私はこのまま、不気味な肉塊として終わっていくんだ。
でも、それなのに、残酷なのに、心はとても穏やか。
星空にあの人を重ねて、安心してるからかな。
今となっては、私にとって安心の星を聞けなかったことが、心残りで。
nina_three_word.
〈 化膿 〉
〈 ポラリス 〉
〈 よすが 〉