kurayami.

暗黒という闇の淵から

寂しさを空かし続けて

 孤独なの、ずっと。
 前髪長くてお化けみたいだから、かしら。誰かから話しかけられるなんて、ずっと昔の記憶。そうよ、昔はもっと可愛らしい少女で、家族にもご近所さんにも、愛されて……ねえ? いつの間にこんな、前髪お化けになって。
 二十三年も生きて、なにも縁がないわけ、ないのに。
 私、寂しいわ。
 そういえば、ああ、そうだ。あの人。近所に住んでいた、教育実習生だった、あのお兄さん。私が高等学校に上がる頃まで良くしてくれた、あの人は今、どうしてるのかしら。願い通り先生になれたのなら、良いのだけれど。
 ちょうど良いわ。秋になろうとして、冷たい風が頬に当たって、センチメンタルになっていたところなの。故郷の夕焼けが恋しいと思っていた。うん、ちょうど良い。慣れた空気を吸いに、故郷へ帰りましょう。孤独を埋めるため、お兄さんとお話をしに行きましょう。
 東京から四国へ。海沿いのあの街へ。
 夜行列車を使って、四国を縦に切る線路を乗り継いで、一日。退屈の中で読んだ小説が四冊目に入ったところで、電車は錆びれた駅へと辿り着く。改札を出てすぐ、潮の匂い。ああ、懐かしき故郷。
 赤くてのっぽなポストも、一年前に来た頃と変わらないまま。東京なんかじゃ全部四角いんだよ、なんて、話す相手見当たらないけれど。にしても、何度来ても、懐かしいと思う感情は沸くものね。誰かに手を引かれた橋の上。誰かと遊んだ公園の砂場。誰かと並んで座った、バス停のベンチ。
 ああだけど、変わるものも、あるのね。お兄さん、引っ越しちゃったみたい。お隣さんに聞けば隣町の、黄色いお弁当屋さんの裏に引越しったって。そうよね、少なくとも最後に話したのは八年ほど前だもの。
 八年越しの縁。そう想うと、なんだか愛おしくて重くて、切ない。
 隣町にはバスで、夕焼けを見れるよう、ゆっくり目指した。この街の夕焼けだって、私の目的の一つでもあったし、なによりあの人はまだ帰っていない気がしたから。
 バス停に降りた頃、ちょうど夕焼けの時間だった。西の空に広がる紅、深い曇り空。
 でもそんな曇り空の夕焼けも、確かに私の記憶に重なっていて……
 陽が沈んでから、一時間ほど。あの人は、昔の姿に髭を生やして、そしてほんの少しだけ膨らんで、暗くなった家の前への現れた。ああ、あの人だ、お兄さん。とても懐かしい。
 そう、とても懐かしい。懐かしいのは、古くからの縁である、証拠。
 お兄さんは私のことを、思い出すわけがなかった。
 いや、思い出す暇もなく、私の大きな口の中に、
 逆さまに頭から、飲み込まれていく。
 これは、私の過去。私の古い記憶。
 私の、私だけのご馳走の、エニシ。
 可哀想な私。きっと一日後には東京で孤独に埋もれ、一人の道理に反した〈縁食い〉になってしまっていることすら、忘却する。
 そして、一年後。私は孤独という腹を空かせて、またこの地へ戻るのね。

 

 

 

 

 

 

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〈 えにし 〉

〈 さかしま 〉